23条 王位継承権
国王と王妃の姿を見た瞬間、アシュレイの顔から血の気が引いた。
「ち、父上……?」
「続けろ」
国王は静かに言った。
「え?」
「なぜ止まる」
その声音に怒鳴り声はない。
だが、だからこそ恐ろしい。
「先ほどまで随分と威勢が良かったではないか」
国王はさらに詰め寄った。
その横にいる王妃も冷たい視線を向けている。
「アシュレイ」
その声に第一皇子の肩が震えた。
「まさか貴方が王城の中で、弟に対して王位継承権の剥奪を口にするとは思いませんでした」
「ち、違います!」
「何が違うのです?」
「私はただ……!」
言い訳を探す。
しかし先ほどの発言を聞いていた貴族たちがいる。
逃げ場はない。
国王は周囲を見渡した。
「証人は十分いるな」
その一言でアシュレイの顔色がさらに悪くなった。
国王はゆっくりとセドリックへ視線を向ける。
「迷惑をかけたな」
「いえ」
「ヴィオレッタ嬢も」
「お気になさらず」
礼をするヴィオレッタ。
その態度に王妃が微かに苦笑した。
「本当に肝が据わっていますね」
「よく言われます」
「自覚はあるのね」
王妃が思わず笑う。
その様子を見てアシュレイはさらに苛立った。
自分だけが蚊帳の外に置かれている。
そんな感覚だった。
「父上!」
思わず声を上げる。
「私は第一皇子です!」
「ああ」
「ならば私の話も聞いてください!」
「聞こう」
国王は頷いた。
アシュレイの表情に希望が戻る。
だが次の言葉で砕け散った。
「ただし、その前に一つ聞きたい」
「何でしょうか」
「お前はなぜセドリックが王位を狙っていると思った?」
アシュレイが固まる。
国王は続ける。
「セドリックがそう言ったか?」
「……」
「ヴィオレッタ嬢がそう言ったか?」
「……」
「誰かが証言したか?」
全て答えは否だった。
国王は静かに結論を述べる。
「つまりお前の妄想だ」
空気が凍った。
第一皇子に向かって国王が「妄想」と言い切ったのだ。
「ち、違います!」
「違いません」
今度は王妃がアシュレイへと語りかける。
アシュレイを見つめるその目は母親ではなく王妃としてのものだった。
「貴方は最近、敵を作り過ぎています」
「敵ではありません!」
「では何ですか?」
「私の邪魔をする者です!」
その返事に王妃は深くため息を吐いた。
国王も目を閉じる。
二人の反応を見て、周囲の貴族たちは察した。
――駄目だ。
第一皇子は何も理解していない。
「アシュレイ」
国王が口を開く。
「お前はいつから王位を『自分のもの』だと思うようになった」
「当然でしょう!」
アシュレイは叫ぶ。
「私は第一皇子です!」
「だから?」
「だから王になる資格があります!」
「資格はある」
国王は認めた。
「権利はない」
アシュレイの目が見開かれる。
「なっ……」
「王位継承とは順番ではない」
静かな声だった。
「国を任せられるかどうかだ」
周囲の貴族たちも神妙な顔になる。
王家の教育で最初に教えられる内容だからだ。
「第一皇子だから王になるのではない。王に相応しい者が王になる」
その言葉は、その場にいる全員への宣言でもあった。
アシュレイだけが理解していない。
「父上……まさか」
震える声。
「私ではなくセドリックを選ぶつもりですか?」
セドリックが眉をひそめる。
だが国王は即答しなかった。
「まだ決めていない」
その答えにアシュレイは少し安堵する。
「だが今日のお前は大きく評価を下げた。王城で弟を恫喝し、公爵令嬢を脅し、王位継承権の剥奪を口にした。どれも王たる者の振る舞いではない」
アシュレイは拳を握り締める。
悔しい。許せない。だが反論できない。
なぜなら全て事実だからだ。
そんな中、ヴィオレッタがふと口を開いた。
「国王陛下」
「何だね?」
「一つ提案があります」
全員の視線が集まる。
ヴィオレッタは静かに微笑んだ。
「これ以上、言葉で争っても意味はありません」
「ほう?」
「ならば実績で競うべきです」
セドリックが目を細める。
国王も興味深そうな顔をした。
「続けなさい」
「第一皇子殿下と第二皇子殿下に、それぞれ課題を与えるのです」
アシュレイも思わず顔を上げた。
「課題?」
「はい」
ヴィオレッタは頷く。
「王になる資質を示すための課題です」
そして紅い瞳をアシュレイへ向ける。
「殿下はご自身が最も相応しいとお考えなのでしょう?」
「当然だ!」
「ならば証明してください」
挑発ではない。純粋な提案だった。
だからこそアシュレイは乗ってしまった。
「いいだろう!」
大声で言う。
「証明してやる!」
ヴィオレッタは小さく笑った。
その笑みを見たセドリックだけが気付く。
(やったな)
今の一言で、アシュレイは自ら退路を断ったのだ。これに負ければ何があろうとアシュレイは国王にならない。
国王はしばらく考えた後、ゆっくり頷いた。
「面白い」
その一言で全員が息を呑む。
「ちょうど私も考えていた」
国王の目が二人の皇子を見据える。
「ならば半年後」
その宣言は王国の未来を決めるものだった。
「お前たち二人に、王としての資質を競ってもらおう」
こうして王位継承争いは水面下の駆け引きから、王国全体を巻き込む正式な競争へと発展することになった。




