21条 婚約破棄
翌日、アシュレイとヴィオレッタの婚約破棄が王家から発表された。
今度はエーデルシュタイン家の方から婚約破棄を申し出て王家が承認したというものだ。
さらに、朝早くからヴィオレッタは王城へと招かれていた。
招かれた名目は王家主催の小規模なお茶会。
だが、そんなものを信じるほどヴィオレッタは純粋ではない。
(十中八九、セドリック殿下でしょうね)
王城の回廊を歩きながら小さくため息をつく。
案内された先は、王族専用の中庭だった。
色とりどりの花々が咲き、中央には噴水があった。
「来てくれたか、ヴィオレッタ嬢」
白いテーブルの前に座るセドリックがいた。
予想通りだ。
「やはり殿下でしたか」
「分かっていたのか」
「ええ。お父様のところへ婚約の申し込みを送った直後ですから」
セドリックは苦笑した。
「隠し事ができる気がしないな」
「努力は認めます」
「辛辣だ」
「事実ですので」
ヴィオレッタは向かいの席へ腰を下ろした。
すぐに給仕が紅茶を注ぐ。
互いに沈黙しながらカップへ手を伸ばす。
先に口を開いたのはセドリックだった。
「怒っているか?」
「何に対してです?」
「婚約の件だ」
ヴィオレッタは一瞬だけ考えた。
「怒ってはいません」
セドリックが少しだけ安堵した表情を見せる。
だが次の言葉で固まった。
「ただ順番がおかしいと思っています」
「順番?」
「普通は本人に聞いてから父親へ話を通しませんか?」
「……その通りだ」
「一点減点です」
「採点されていたのか」
「当然です」
セドリックは思わず額を押さえた。
その様子を見てヴィオレッタは少しだけ口元を緩める。
だがすぐ真面目な顔へ戻った。
「殿下。一つ聞いてもよろしいですか」
「何だ」
「なぜ私なのですか」
空気が変わった。
セドリックの表情も真剣になる。
「公爵家との同盟のため、という答えでは不満か?」
「それは理由の一つでしょう」
「その通りだ」
「ですが、それだけなら他にも候補はいます」
ヴィオレッタは真っ直ぐ彼を見る。
「なぜ私なのでしょう」
セドリックはしばらく黙った。
噴水の音だけが響く。
「君は、私に反対できるからだ」
ヴィオレッタは目を瞬かせた。
「反対?」
「ああ」
セドリックは苦笑した。
「私の周囲には、私の言葉を否定する人間が少ない」
「第二皇子ですからね」
「だが君は違う」
婚約破棄騒動に始まり王城での議論、アシュレイへの反論やグランディール家との舌戦。
セドリックは全て見聞きしてきた。
「君は相手が誰であろうと間違っていると思えば止める」
「当然です」
「だから必要なんだ」
ヴィオレッタは黙った。
セドリックは続ける。
「私は王になりたい」
初めてセドリックは明確に自分の意思を口にした。
「以前の私は違った。王位争いなど避けたいと思っていた」
だが今は違う。
「アシュレイ兄上が王になれば、この国は壊れる」
静かな声。
だが決意は揺らがない。
「だから私は王位を目指す」
ヴィオレッタはその瞳を見る。
逃げている人間の目ではない。
「しかし」
セドリックは言った。
「私は万能ではない」
「……」
「だからこそ、自分を止められる人間が必要だ」
ヴィオレッタの胸がわずかに揺れた。
「殿下」
「君に王妃として従ってほしいわけではない」
セドリックは真っ直ぐ言った。
「共に歩いてほしい」
その言葉に嘘はなかった。
だからこそヴィオレッタは少しだけ困った顔をした。
「それはずるいですね」
「何がだ」
「そういう言い方をされると評価点が上がります」
「採点をやめてくれないか」
「検討します」
セドリックは思わず笑う。
ヴィオレッタも少しだけ笑った。
だが次の瞬間、二人の表情が同時に消えた。
楽しげな雰囲気が一変する。
中庭の入り口から足音が聞こえたからだ。
乱暴な足音であり聞き覚えのある話し声も聞こえた。
「……面白いものを見たな」
低い声に二人が振り向く。
そこに立っていたのは――アシュレイだった。
第一皇子の顔には、隠しきれない憎悪が浮かんでいた。
「弟と元婚約者が仲良く茶会とは」
その背後には数人の貴族までいる。
どうやら偶然ではない。
アシュレイは最初から二人を見つけるつもりで来たのだ。
「ヴィオレッタ」
その声には怒りと執着が混じっていた。
「まさか本気でセドリックを国王にするつもりではないだろうな?」
中庭の空気が張り詰める。
セドリックが立ち上がろうとする。
だが、その前にヴィオレッタが静かにカップを置いた。
紅い瞳がアシュレイを見据える。
その表情には、もはや婚約者だった頃の遠慮など欠片もなかった。
「その質問に答える義務は、もう私にはありませんよ。アシュレイ殿下」
第一皇子の顔が、怒りで歪んだ。




