表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】悪役令嬢に転生したけど前世で弁護士だったので第一皇子を訴えます!  作者: 雪丸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/43

19条 使者

 ヴィオレッタが王城から帰ると、ほどなくしてエーデルシュタイン公爵家の正門に王家の紋章を掲げた馬車が到着した。

 あまりにも早い到着だった。

 門番が慌てて取次ぎに走り、執事が玄関広間へ姿を現す。


「王城より、第二皇子セドリック殿下の御使者がお見えです」


 その報告を受けたエーデルシュタイン公爵は、書斎で読んでいた書類からゆっくりと視線を上げた。


「……早いな」


 低く呟く。

 つい先ほどまで、ヴィオレッタは王城にいた。そこで、アシュレイではなくセドリックと会ったことはつい先ほど報告を受けたばかりだ。

 にもかかわらず、もう使者が公爵家まで来た。

 つまりセドリックは、ヴィオレッタが帰路についた直後には、すでに動いていたということだ。


「通せ」


「かしこまりました」


 執事が一礼して下がる。

 しばらくして書斎に通されたのは、王家に仕える年配の文官だった。

 派手さはない。だが、その背筋の伸び方、言葉の選び方、視線の置き方から、ただの伝令ではないことが分かる。

 セドリックが王城で一番の信頼を寄せる者だろう。

 公爵は一目でそう判断した。


「エーデルシュタイン公爵閣下にお目通りを賜り、恐悦至極に存じます」


「形式はよい。用件を」


 公爵が短く告げると、使者は深く頭を下げた。


「では、失礼ながら申し上げます。第二皇子セドリック殿下より、エーデルシュタイン公爵閣下へ、正式な御意向をお伝えするよう命じられております」


 使者は懐から封蝋のされた書状を取り出した。

 そこには、第二皇子セドリックの印章が押されている。

 公爵は黙ってそれを受け取った。

 そして、封を切り文面に目を通す。

 最初の数行を読んだ瞬間、公爵の眉がわずかに動いた。

 だが、それだけだった。

 驚きも、怒りも、喜びも表に出さない。

 ただ静かに、最後まで読み進める。

 書状の内容は、大きく二つだった。


 一つ。

 第二皇子セドリックは、ヴィオレッタ・エーデルシュタイン公爵令嬢に対し、正式に婚約を申し込みたいということ。

 もう一つ。

 エーデルシュタイン公爵家に対し、第二皇子派への協力を求めるということ。


 つまり、これは単なる求婚ではない。王位継承争いにおいて、第一皇子アシュレイ派から第二皇子セドリック派へと鞍替えすることを求めているのだ。

 公爵は書状を机の上に置き、使者を見た。


「殿下は、随分と率直なお方だな」


「殿下は、閣下を相手に回りくどい言葉は不要であるとお考えです」


「ほう」


 公爵の目が細くなる。


「つまり、私が遠回しな言葉を嫌うと知っているわけか」


「はい。そして、閣下が半端な覚悟の者には力を貸されぬことも」


 使者の返答に、公爵はわずかに口角を上げた。


「それで、殿下は覚悟を示したつもりか?」


「殿下は、第一皇子アシュレイ殿下が王位を継ぐことは、国家にとって危険であるとお考えです」


 その言葉に、書斎の空気が少し重くなった。

 ヴィオレッタとの婚約を破棄し、王家の面目を潰しかけた第一皇子アシュレイ。

 謝罪によって表向きは決着したが、彼の愚かさと傲慢さは、すでに貴族社会に知れ渡っている。

 しかも今、アシュレイは逆恨みに囚われている。

 そして、その背後にはグランディール公爵家や教会の影もある。


「殿下は王位を望んでおられるのか」


 公爵は静かに問いを投げかけた。

 使者は一瞬だけ沈黙した。

 それから、はっきりと答えた。


「はい」


 公爵の瞳が鋭くなる。

 使者は続けた。


「ただし、殿下は王位を欲しているのではありません。王位に就かなければ、この国を守れないと判断されました」


「言葉は美しいな」


「閣下がそう思われることも、殿下は承知しております」


「ならば聞こう。セドリック殿下は、我が家に何を求める」


「政治的後ろ盾です」


 使者は迷わず言った。


「仮にもアシュレイ殿下の最大の後ろ盾である私がセドリック殿下に協力すると本気で考えているのか?」


「既に閣下はアシュレイ殿下は王の器ではないと見限っておいででしょう。でなければグランディール公爵家の接近を許すはずがありません」


 使者はそう断言しなおも言葉を続ける。


「ゆえに、エーデルシュタイン公爵家の名、経済力、軍事力、貴族への影響力。そして何より、ヴィオレッタ様の知略を」


 その瞬間、公爵の表情が消えた。


「娘を道具として見ているのか」


 低い声だった。

 使者の背筋に冷たいものが走る。だが、彼は退かなかった。


「いいえ。殿下はヴィオレッタ様を道具としてではなく、対等な同盟者として望んでおられます」


「対等?」


「はい。殿下は、ヴィオレッタ様を隣に置くことで王位を得ようとしているのではありません。ヴィオレッタ様が隣に立ってもなお恥じぬ王になるため、王位を取りに行くと仰せでした」


 公爵は黙った。

 しばし、書斎に沈黙が落ちる。

 窓の外では、夕暮れの光が庭園を赤く染めていた。

 やがて公爵は、机の上の書状へ視線を落とす。


「婚約の申し込みと、派閥への協力要請を同時に出すとはな。普通なら、娘を政治の駒にしたと受け取られても仕方がない」


「承知しております」


「にもかかわらず、そうした理由は?」


「隠せば、かえって不誠実になるからです」


 使者は静かに言った。


「殿下は、ヴィオレッタ様との婚約に政治的意味があることを否定されません。王位を巡る争いにおいて、エーデルシュタイン公爵家の力が必要であることも否定されません。その上で、殿下はヴィオレッタ様個人を望んでおられます」


 公爵の目が細まる。


「個人として?」


「はい。殿下はこう仰せでした」


 使者は一呼吸置いた。


「ヴィオレッタ嬢は、私を飾る宝石ではない。私の誤りを斬り、私の弱さを暴き、それでも国のために隣で議論できる者だ、と」


 公爵は何も言わなかった。

 ただ、その言葉だけを静かに受け止める。

 ヴィオレッタが従順な令嬢ではないことをセドリックは理解しているのだ。

 王族の妻として黙って微笑むだけの女ではなく、むしろ、必要とあらば王族相手でも正面から言葉を突きつける女であると。

 そして、セドリックはヴィオレッタのそういった面を恐れていない。

 公爵は内心で、わずかに評価を改めた。


「ヴィオレッタは、すでにこの話を知っているのか」


「いいえ。殿下はまず、公爵閣下へ正式に申し入れるべきだと判断されました」


「ふむ」


 公爵は椅子に深く背を預けた。


「順序は守ったわけか」


「はい」


「だが、順序を守ったからといって、許すとは限らん」


「それも承知しております」


 使者は深く頭を下げる。


「殿下は、閣下が拒絶される可能性も十分に理解しておられます。その場合も、ヴィオレッタ様に不利益が及ぶことのないよう、王家内での発言には細心の注意を払うと仰せでした」


「その点は当然だ」


 公爵の声が冷える。


「我が娘を巻き込んでおいて、傷一つつけるなら、王族であろうと容赦はせん」


「殿下にも、そうお伝えいたします」


「いや」


 公爵は立ち上がった。


「伝える必要はない。殿下なら、最初から分かっているだろう」


 使者は頭を下げたまま、わずかに息を呑む。

 公爵は窓辺へ歩み寄り、外を見た。

 第一皇子アシュレイ。

 第二皇子セドリック。

 王家。

 グランディール公爵家。

 教会。

 そして、エーデルシュタイン公爵家。

 盤上の駒は、すでに動き始めている。

 いや、違う。もはや駒などではない。

 それぞれが意思を持つ者として、自らの未来を奪い合おうとしている。


「使者殿」


「はい」


「殿下へ伝えよ」


 公爵は振り返った。


「婚約については、私一人で決めるつもりはない。ヴィオレッタ本人の意思を確認する」


「承知いたしました」


「第二皇子派への協力についても、即答はしない」


 使者が顔を上げる。

 公爵は静かに続けた。


「だが、話を聞く席は設けよう」


 その言葉に、使者の表情がわずかに変わった。

 拒絶ではない。しかし、完全な受諾でもない。それでも今は十分すぎる返事だった。


「ありがたきお言葉にございます」


「礼を言うには早い」


 公爵の声は厳しかった。


「セドリック殿下が王位を望むなら、私が見るのは血筋ではない。覚悟だ。王冠を被りたいだけの者なら、我が家は動かん」


「はい」


「そして、王位を奪うというのなら、綺麗事だけでは済まされない。殿下は、その汚れを背負う覚悟があるのか」


「殿下は、それを問われることも望んでおられました」


「ならば、直接聞こう」


 公爵は机に戻り、書状を丁寧に畳んだ。


「三日後、非公式にセドリック殿下を我が邸へ招く。表向きは茶会でよい」


「かしこまりました」


「ただし、護衛は最小限。派手な動きは不要だ。グランディール家に余計な匂いを嗅がせるな」


「そのように手配いたします」


 使者は深く一礼した。


「それと」


 公爵が言葉を加える。


「殿下に伝えよ。ヴィオレッタを妻に望むなら、王位継承のための飾りではなく、一人の人間として向き合えと」


「必ず」


「そして、もし娘を利用するだけなら」


 公爵の瞳が冷たく光った。


「エーデルシュタインは、第二皇子の最大の味方ではなく、最大の障害となる」


 使者はその言葉を、背筋を正して受け止めた。


「しかと、申し伝えます」


 使者が退出した後、書斎には公爵だけが残された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ