13条 陰謀
気が付くと、ヴィオレッタは公爵家の書庫に帰ってきていた。
足元に落ちていた本を拾い上げ本棚に戻す。
「どのくらい時間が経ったのかしら?」
書庫は地下にあるため時間の経過が分からなかった。
不意に、遠くから鐘の音が響いた。
――ゴーン……ゴーン……
低く重い音が石壁を震わせる。
ヴィオレッタは耳を澄ませ、ゆっくりと目を見開いた。
「……七回?」
王城の鐘ならば、午後七時を告げる音だ。
書庫へ入った時刻から考えると、過ぎた時間は実際と同じだったということになる。
ヴィオレッタは書庫を出て公爵にこの不思議な出来事を報告しに向かった。
一方その頃――。
リヒトベルク伯爵邸では、重苦しい空気が広間を支配していた。
深紅の絨毯が敷かれた会議室。窓は厚いカーテンで閉ざされ、外の光は一切入らない。燭台の炎だけが揺れ、四人の影を壁へ不気味に映していた。
円卓についたのは、この国の中枢に関わる男たち。
リヒトベルク伯爵。
第一皇子アシュレイ。
グランディール公爵家長男クルーガー・グランディール。
そして、フランシス教会最高位の一人――フランシスコ枢機卿。
最初に口を開いたのはアシュレイだった。
「……で? 本当に問題ないんだろうな」
苛立ちを隠さない声。
机を指で叩きながら、アシュレイはクルーガーを睨む。
「ヴィオレッタ・エーデルシュタインが急にセドリックと接近しだしたぞ」
クルーガーは薄く笑った。
「ご安心を、殿下。所詮は女一人です。仮に何かを知ったとしても、どうにもできません」
「その“どうにもできない女”に計画を引っかき回されたのは誰だったかな?」
「それは殿下も同じことでしょう? 勝手に突っ走って婚約破棄などとおっしゃられたと聞いたときは肝が冷えました」
クルーガーの言葉に、アシュレイの表情がわずかに歪む。
空気が張り詰めた瞬間。
「おやめなさい」
静かに制したのはフランシスコ枢機卿だった。
白銀の法衣を纏った老人は、細い目を伏せながら指先でロザリオを撫でる。
「今は内輪揉めをしている場合ではありません」
「しかし、エーデルシュタイン公爵は本当にセドリック第ニ皇子派になったのですか?」
リヒトベルク伯爵が不安げに問いかける。
その言葉に、部屋の空気がさらに重くなった。
アシュレイは舌打ちした。
「まだ決まったわけではない。だが、父上は最近やたらとセドリックを側へ置いている。もしエーデルシュタインまであちらへつけば、俺の立場は危うくなる」
「だからこそ、ヴィオレッタ嬢を排除する必要があったのですがね」
クルーガーは肩を竦める。
「殿下が余計な感情を挟まなければ、もっと綺麗に片付いていた」
「貴様……」
アシュレイが立ち上がりかけた瞬間。
ドン――。
杖が床を打つ音が響いた。
フランシスコ枢機卿だった。
「感情で動くなと言っているでしょう」
老齢とは思えぬ鋭い声音。
その圧に、アシュレイですら口を閉ざす。
枢機卿はゆっくりと四人を見回した。
「当初の計画では、エーデルシュタイン公爵に汚職の疑惑をかけ、アシュレイ様の後継から外すはずでした。しかし、不測の事態によりそれはかなわなくなりました。今は新たな方法を考えるときです」
そもそもアシュレイはエーデルシュタイン公爵が後継として次期国王になるとされていた。ヴィオレッタと婚約を結んでいたのもそのためである。だが、エーデルシュタイン公爵の力で国王になった場合、公爵は絶大な権力を得てしまう。
それを防ぐため、アシュレイはグランディール公爵と手を組みエーデルシュタイン公爵家をつぶすことにした。
そこへ、フランシスコ枢機卿が聖女との結婚の話を持ってきた。
聖女の美貌にすぐに惚れたアシュレイは一人先走り婚約破棄騒動へと至った。
「ならば、まとめて皆消してしまえばいい」
クルーガーはうすら笑いを浮かべながら新たな計画を話し始めた。
次回 14条 グランディール公爵




