12条 守護竜の息子
「ヴィンセントに会うのなら早く移動しよう」
レイヴァルトはそう言うと、手を軽く払い魔法を行使した。
突風が吹き思わず目を閉じる。
少しして目を開くと、四人は別の場所にいた。
「……ここは……」
そこは先ほどまでいた場所ではなかった。
重厚な木製の机。壁一面を埋め尽くす本棚。赤黒い絨毯に、銀の装飾が施された暖炉。
ヴィオレッタには見覚えがあった。
「エーデルシュタイン家の……執務室……?」
ヴィオレッタは目を見開いた。
代々当主が使用する、公爵家の中枢。
だが、ヴィオレッタの記憶にある部屋よりも新しい。
そして、机の前に、一人の男が立っていた。
燃えるような赤髪。鋭く細められた紅の瞳。漆黒の軍服にも似た衣装を纏ったその男は、圧倒的な存在感を放っている。
ヴィオレッタは息を呑んだ。
肖像画で何度も見た顔。
建国の英雄。
初代エーデルシュタイン公爵。
「……ヴィンセント・エーデルシュタイン」
男はゆっくりとこちらを見た。
その瞬間、ヴィオレッタの背筋に電流のような感覚が走る。
父に似ている。
父は金髪なので髪の色は違うが、それ以外はそっくりだった。
「父上、急に表れるのはやめていただきたい」
呆れを含んだ低い声が執務室に響く。
だがそれに構わずレイヴァルトが楽しそうに笑った。
「ヴィンセント。お前の子孫だ」
ヴィンセントはヴィオレッタを見ると、僅かに目を細めた。
低く響く声。
その一言だけで空気が震える。
ヴィオレッタは本能的に理解した。
この男は危険だ。
人間でありながら、人間ではない。
そんな矛盾した感覚。
「ほう……」
「驚いただろう?」
「……驚いているのは彼女の方だろう」
ヴィンセントは淡々と返す。
その紅い瞳が真っ直ぐヴィオレッタを射抜いた。
「ヴィオレッタ、と言ったか」
「……は、はい」
「ヴィンセント・エーデルシュタインだ」
その名乗りは静かだった。
だが、初代公爵という肩書き以上の重みがあった。
ヴィオレッタは無意識に背筋を伸ばす。
目の前にいるのは歴史上の人物。
本来ならば、とうの昔に死んでいるはずの存在だ。
そんなヴィオレッタを見ながら、ヴィンセントはゆっくりと口を開いた。
「お前は今、エーデルシュタイン家とは何かを知ろうとしている」
低く重い声が執務室に響く。
「ならば教えよう。我らの家が背負ってきた役目を」
ヴィオレッタは息を呑んだ。
ヴィンセントは窓の外――建国間もない王都へ視線を向ける。
「エーデルシュタイン家は、ただ王に仕えるための家ではない」
その紅い瞳が僅かに細められる。
「我らは“竜の血”を未来へ繋ぐための一族だ」
空気が張り詰めた。
ヴィオレッタは反射的に自分の胸元を押さえる。
脳裏に浮かぶのは、自分と父が持つ紅い瞳。
「守護竜の力は強すぎる。人の身では到底扱いきれん。故に父上――レイヴァルトは、自らの力を人へ分け与え、血として定着させた」
ヴィンセントは淡々と語る。
「それがエーデルシュタイン家の始まりだ」
つまりこの家は、公爵家という形を取った“器”。竜の力を受け継ぐために存在している。
ヴィオレッタの指先が震える。
「では……代々の当主は……」
「竜の血を絶やさぬために婚姻を結び、子を成し、力を管理してきた」
その言葉はあまりにも重かった。
恋愛でも政略でも名誉でもない。
もっと根源的な理由。
国家そのものを守るために、血を繋いできたのだ。
ヴィンセントは続ける。
「そしてもう一つ。エーデルシュタイン家には建国以来変わらぬ使命がある」
彼の声がさらに低くなる。
「国に真の危機が迫った時――守護竜の力を以て、この国を守ることだ」
その瞬間、ヴィオレッタは理解した。
なぜエーデルシュタイン公爵家が、王家に対してすら特別な立場を持つのか。
この家は単なる臣下ではない。
“最後の守護者”。
王国が滅びかけた時にのみ表へ出る、建国の切り札なのだ。
するとレイヴァルトが愉快そうに笑った。
「まあ簡単に言えば、お前たちエーデルシュタイン家は我の眷属みたいなものだな」
「父上」
ヴィンセントの声に僅かに圧が混じる。
「……言い方というものがあります」
「事実だろう?」
「事実でも配慮してください」
淡々と返すヴィンセントに、ヴィオレッタは混乱しながらも思った。
――この二人、本当に親子なのだと。
「ところで、ヴィオレッタ嬢は帰る手段はあるのか?」
不意にユリウスがそう問いかけた。
「……ありません」
ヴィオレッタは小さく首を振った。
ここへ来たのは完全に偶然だ。
だが、本来の目的だった公爵家の歴史を知るという意味では、既に十分すぎるほど知ってしまっている。
むしろ知りすぎた。
守護竜レイヴァルトの存在。エーデルシュタイン家の役目。
どれも国家の根幹に関わる秘密だ。
ヴィオレッタがそう考えていると、レイヴァルトは腕を組みながら小さく息を吐いた。
「だろうな。時を越えるなど本来人間に扱える術ではない。だが、先ほどの魔法の解析が今終わった。いつでも未来に帰してやろう」
ヴィオレッタは目を見開く。
「……解析?」
どうやらレイヴァルトはここまでの間、話しながらもずっと魔法の解析をしていたらしい。
「お願いします。未来でやることができました」
「では送るとしよう」
膨大な魔力が空間へ満ちていく。
突風が吹き荒れ、視界が白く染まった。
最後に見えたのは、静かにこちらを見るヴィンセントの紅い瞳だった。
次回 13条 陰謀
次回更新は5月23日となります




