11条 守護竜
透明なはずのヴィオレッタにレイヴァルトは気がついた。
レイヴァルトの蒼い瞳が、真っ直ぐヴィオレッタのいる空間を射抜く。
ヴィオレッタの背筋に冷たいものが走った。
(まさか……見えているの?)
いや、あり得ない。
今のヴィオレッタは肉体を持たぬ煙ような存在だ。
これまで誰一人気づかなかった。声も届かず、触れることもできない。
にもかかわらずレイヴァルトだけは、確かにこちらを見ていた。
「……お父様?」
ヴィヴィアーヌが不思議そうに首を傾げる。
ユリウスも怪訝そうに辺りを見回した。
「何かございましたか、レイヴァルト様」
レイヴァルトは答えない。
ただ静かに、ヴィオレッタから視線を逸らさなかった。
その瞳は、獲物を見定める竜そのものだった。
「面白い」
低く呟かれる。
「魂だけの存在かと思えば、随分と輪郭が濃い」
ヴィオレッタの心臓が跳ねた。
(見えている……! 本当に!?)
レイヴァルトはゆっくりとヴィオレッタへ歩み寄る。
一歩、また一歩と近づくたび、空気が重くなる。
本能が警鐘を鳴らしていた。
逃げろ、と。
だが足が動かない。
竜と人との生物としての格の差。
存在そのものの圧力に、ヴィオレッタは完全に呑まれていた。
そしてレイヴァルトは、ヴィオレッタの目の前で足を止める。
至近距離で見るその顔は、人間とは思えないほど整っていた。
だが瞳の奥だけは違う。
底知れない古さがある。
千年どころではない時を生きた怪物の目だった。
「貴様……何者だ?」
その瞬間。
ヴィオレッタの身体が淡く揺らいだ。
まるで存在を掴まれたような感覚。
「っ……!」
息が詰まる。
レイヴァルトの指先が、ゆっくりとヴィオレッタの頬へ伸びた。
本来なら触れられるはずがない。
だが、ひやりとした感触が確かに伝わった。
ヴィオレッタの瞳が見開かれる。
(触れ……られた……!?)
ユリウスが息を呑む。
「まさか、本当に何かいるのですか?」
「ええ?」
ヴィヴィアーヌも目を丸くした。
二人には見えていない。
だが、レイヴァルトだけは違う。
レイヴァルトはヴィオレッタの頬に触れたまま、目を細めた。
「……なるほど」
その声音がわずかに変わる。
驚き。そして、僅かな興味。
「死者でも精霊でもないな」
ヴィオレッタは息を呑む。
レイヴァルトの指が、そっと彼女の髪へ触れる。
「時間を超えてきた観測者か」
低く響く声。
次の瞬間、レイヴァルトは僅かに口角を上げた。
「それにこの魔法の匂い、私のものだな」
その言葉に、ヴィオレッタの思考が止まった。
(……え?)
ヴィオレッタは公爵家の歴史書の魔法でここに来たのだ。
つまり、守護竜レイヴァルトはレオンハルト王家だけでなくエーデルシュタイン公爵家とも何か関わりがあるということだ。
だが、そんなヴィオレッタの様子を見ることのできないユリウスが眉を寄せながら状況や説明を求める。
「レイヴァルト様、それはどういう――」
「貴様らには分からん」
レイヴァルトは視線をヴィオレッタから外さないまま続ける。
「これは竜の魔法だ。それも普通の術式ではない」
その声音に、わずかな困惑が混じった。
「時間干渉術式……しかも完成度が異常に高い」
ヴィヴィアーヌが息を呑む。
「時間……?」
「本来、人間どころか上位竜ですら扱えん禁術だ」
レイヴァルトの指先が、ヴィオレッタの額へ触れる。
すると淡い銀色の魔法陣が一瞬だけ浮かび上がった。
複雑に絡み合う古代竜語。
見たこともない術式。
その瞬間、レイヴァルトの表情が止まった。
「素晴らしい魔法だ」
感嘆の声を漏らしながら術式をさらに広げる。
「貴様、話せるのだろ? 未来の私は何のためにここに貴様を寄越したのだ」
鋭い眼光に怯えるばかりだったが、ついにヴィオレッタは覚悟を決め、守護竜との対話に臨む。
「はじめまして、守護竜様。私はヴィオレッタ•エーデルシュタインと申します。ここに来たのは、私の家にあった歴史書を開いたときに魔法が発動した結果でございます。未来で守護竜様にお会いしたことは一度もありません」
「エーデルシュタインか」
ぽつりと呟いたレイヴァルトに真っ先に反応したのはユリウスだった。
「そこにいるという透明人間はエーデルシュタイン家の者なのか?!」
過剰な反応にヴィオレッタは違和感を覚える。
エーデルシュタイン家は建国以来王家に使える家だ。当然、この時代にも存在する。
ユリウスが皇太子ということは、当主を務めるのは初代であるヴィンセント•エーデルシュタインのはずだ。ヴィオレッタの時代には、ユリウスの後ろ盾であり、剣術の師であったと記録が伝わっている。
「面倒だ、お前らとも話せるようにしてやる」
レイヴァルトが手を振るとヴィオレッタの髪を風が撫でた。
そして、視線を向けるユリウスと目が合う。
どうやら本当にヴィオレッタの姿を二人にも見えるようにしたらしい。
「はじめましてお嬢さん、ユリウス•レオンハルトだ」
広間でも見せていた輝くような笑顔をヴィオレッタに向ける。
「はじめまして、ヴィオレッタ•エーデルシュタインです。賢帝ユリウス様にお目にかかれて大変光栄です」
「未来で私は賢帝と言われているのか」
未来で賢帝と呼ばれていることに満足げな様子だ。
目の前にいるユリウスは20歳ほどなので、王位を継ぐのは10年以上先の話だ。だが、そのことは黙っておくことにした。
「歴史書に魔法を仕掛け、実際に目で見て確かめさせるか。未来の私はなかなか面白いことをするな」
一方でレイヴァルトは未来の自分が使う魔法に満足げな様子だ。
「ヴィヴィアーヌよ、ヴィオレッタさん。綺麗な紅眼ね。エーデルシュタインらしいわ」
レイヴァルトの娘、ヴィヴィアーヌもヴィオレッタに話しかけてきた。
目の前で見てもこの綺麗な女性が守護竜の娘であるなど信じられない。
「公爵家の歴史を知りに来たのなら兄さんに会うのが一番早いわね」
「ヴィヴィアーヌ様のお兄様ですか?」
ヴィオレッタは首を傾げた。
元々ヴィヴィアーヌの出生はとある滅亡した国の王女だと伝わっていたのだ。
それが今さっきレイヴァルトの娘だと判明した。
これだけで世紀の大発見なのだが、さらに兄までいるとなるととんでもないことである。
「ヴィヴィアーヌ様もそうですが、守護竜様にご子息がいらっしゃるなどという話は未来に一切伝わっておりません」
「この時代でもこのことを知っているのはここにいる者を除くと、父上と二大公爵家の当主くらいだよ」
つまり、初代国王陛下とエーデルシュタイン公爵家、グランディール公爵家の両当主ら三人しかいないということだ。
だがここでユリウスの言葉に違和感を感じた。
「ヴィヴィアーヌ様のお兄様も当事者なのでご存知なのでは?」
ユリウスの口角が少し上がった。
「今言っただろ。ヴィヴィアーヌの兄の名はヴィンセント•エーデルシュタイン。君のご先祖さまってことになるな」
最近ヴィオレッタの法律知識が使われていません、、次に披露されるのはいつなのか、、、?
次回 12条 守護竜の息子




