10条 ユリウス•レオンハルト
ユリウスはヴィヴィアーヌの手を取るとエスコートして広間の中央へと移動した。
それを合図にして演奏団が一斉に音楽を奏で出す。
中央でユリウスとヴィヴィアーヌが踊り始めると一組、また一組と踊り出す貴族が増えていった。
だが、その中でも二人のオーラは別格だった。
ユリウスはまるで舞踏会そのものを支配する王のようで、白銀の礼装を纏ったその姿は眩く、整った横顔には絶対的な自信が浮かんでいる。
一方、ヴィヴィアーヌもまた息を呑むほど美しかった。深紅のドレスは彼女の白い肌を際立たせ、揺れる金糸の髪がシャンデリアの光を受けて煌めく。
二人が一歩踏み出すたび、周囲の視線が自然と引き寄せられる。
優雅でありながら隙のないステップ。
長年連れ添った恋人のように息の合った動き。
そして何より――互い以外の存在など視界に入っていないかのような空気。
その姿はまさに理想の貴族そのものだった。
「なんてお似合いなの……」
「まるで絵画みたいだ」
感嘆の声があちこちから漏れる。
だが同時に、貴族たちは理解していた。
あの輪の中へ入れる者はいない、と。
二人の周囲だけ空気が違う。
まるで見えない壁が存在しているかのように、他の貴族たちは無意識に距離を取っていた。
ユリウスがヴィヴィアーヌの腰を引き寄せる。
くるり、と深紅のスカートが花のように広がった。
後の国王と皇后の踊りを見て、ヴィオレッタはわずかに目を細めた。
(……随分と芝居が上手いこと)
ユリウスの笑みが、まるで仮面のように冷たいことにヴィオレッタは気づいていた。
一曲踊り終えると周囲に一礼し広間の奥へと向かった。
それを見てヴィオレッタも急いで後を追う。
二人は広間の端まで行くと周囲が見ていないのを確認して壁にかけられているタペストリーの裏に静かに姿を消した。
「消えた?」
ヴィオレッタは二人が消えた位置にかけ寄り、タペストリーの裏を覗こうとする。
たが、今のヴィオレッタは煙のようなものであり触れることができない。
そのかわりそのままタペストリーの裏に通り抜けられた。
タペストリーの裏は、先ほどまでの華やかな広間とは打って変わって静まり返った廊下だった。シャンデリアの光も届かず、壁に掛けられた燭台だけが淡く揺れている。
足元は少し汚れており、使用人すら立ち入らない廊下なのだと察せられた。
「広間の奥にこんな廊下があるなんて」
ヴィオレッタもこの廊下の存在を知らなかった。
おそらくこの廊下は王族のみが知る隠し通路のようなものなのだろう。タペストリーの裏に隠し扉がありそこから出入りできる構造になっているはずだ。
廊下の奥に人影が見えたのでヴィオレッタは駆け寄った。
廊下の奥までたどり着くと既に人影はなく、重厚な扉があった。
黒鉄で縁取られたその扉には、王家の紋章と見覚えのない古代文字が刻まれている。
その周囲は微かに漂う空気が違った。
冷たい。
けれど同時に、肌が粟立つほど濃密な魔力を感じる。
ヴィオレッタは息を呑み、そのまま扉をすり抜けた。
中は広間ほどの広さを持つ円形の部屋だった。
壁一面に古い魔法陣が刻まれ、青白い炎が静かに揺れている。
そして部屋の中央には、一人の男が立っていた。
長い銀髪に夜空のように深い蒼の瞳。黒を基調とした装束は王族の礼服にも似ているが、どこか人外じみた威圧感を纏っている。
人間離れした美貌だった。
その男の前で、ユリウスとヴィヴィアーヌが膝をついていた。
「お待たせしました」
ユリウスが頭を垂れる。
すると、男は静かに視線を向けた。
「遅い」
低く響く声。
それだけで空気が震えた気がした。
ヴィヴィアーヌが小さく肩を揺らす。
だが男は気にした様子もなく、冷えた瞳で二人を見下ろしていた。
「舞踏会遊びは楽しかったか、ユリウス」
「必要な演出です。貴族共はああいう分かりやすい“理想”を好みますので」
「くだらんな」
吐き捨てるような声音。
ヴィオレッタは違和感を覚えた。
「……何、この圧迫感」
男はただ立っているだけだ。
それなのに、まるで巨大な獣を前にしているかのような威圧感がある。
呼吸すら重い。
するとユリウスが口を開いた。
「ですが、これで準備は整いました。――レイヴァルト様」
その名を聞いた瞬間、ヴィオレッタの目が見開かれる。
「レイヴァルト……!?」
その名前を、ヴィオレッタは知っていた。
王国を初代国王へ授けたとされる守護竜であり、千年以上世界を見守り続ける最古の竜。
ヴィオレッタは再び男を見る。
銀髪と蒼い瞳。そして、人外じみた威圧感。
「嘘……この人が、守護竜……!?」
王国でレイヴァルトと同じ名前を持つ人物など存在しない。
守護竜と同じ名前をつけるなど王族ですら許されない禁忌だ。
故に紛れもなく本物の守護竜。
レイヴァルトはゆっくりとヴィヴィアーヌへ視線を向けた。
その瞬間、先ほどまで氷のようだった瞳が、わずかに柔らかくなる。
「お前は随分と人間に馴染んでいるようだな」
ヴィヴィアーヌは困ったように微笑んだ。
「……お父様」
ヴィオレッタの思考が止まった。
「お父様?」
レイヴァルトは小さく鼻を鳴らす。
「その呼び方はやめろと言ったはずだ」
「ですが、本当のことですもの」
ヴィヴィアーヌが楽しそうに笑う。
その姿は先ほどまでの完璧な令嬢ではなく、年相応の娘そのものだった。
レイヴァルトは呆れたように息を吐いたが、拒絶はしない。
その反応だけで十分だった。
「まさか……ヴィヴィアーヌが、守護竜の娘……!?」
ヴィオレッタは戦慄した。
王家ですら絶対服従する存在。
そして、その血を引く娘。
だからユリウスはヴィヴィアーヌを選んだのだ。
愛などではない。守護竜の血を王族に入れ、王国を盤石にするためだ。
後世で賢帝と讃えられるユリウス•レオンハルトの王国繁栄への強い執念と覚悟のようなものを感じた。
ヴィオレッタの中で、前世の記憶が戻りその価値観としてヴィヴィアーヌが可哀想と思う自分と、公爵令嬢として賢帝ユリウス•レオンハルトに尊敬の念を抱く自分とが存在した。
その時、レイヴァルトの視線が、不意にヴィオレッタのいる方向へ向いた。
蒼い瞳が細められる。
「……そこに誰かいるな?」
次回 11条 守護竜
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