7話
【幕間:白亜の会議、揺れる評価】
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「……信じられん。我らが精鋭を送り出す前に、異変が『消滅』しただと?」
アイギス城の円卓会議室。大臣の怒声が響く中、報告書に目を通す大人たちの顔は疑心暗鬼に染まっていた。
「自作自演の疑いもある。異変の調査に向かった『暁の先駆者』ですら、何が起きたか説明できていないのだ。現場に残されていたのは、レンという名の者が持っていたハーブの香りだけ……」
「レン、か。魔法学園を史上最速で卒業した『出涸らし』だろう?」
一人の大臣が鼻で笑う。
「魔力量という天性の貯金だけで卒業した早熟な子供だ。卒業後は実績もなく、路地裏のカフェで油を売っているような男に、世界の歪みを正す力などあるはずがない」
混乱し、レンを過小評価することで心の安寧を保とうとする大臣たち。
だが、その喧騒を、低く冷ややかな声が切り裂いた。
「喧しいね。紙の上の数字でしか人を測れないのかい、あんたたちは」
声を上げたのは、王国の軍事顧問であり、数多の英雄を育て上げた「静寂の魔女」と呼ばれる老女・イゾルデ。彼女の鋭い眼光に、大臣たちは息を呑む。
そして、その隣で静かに目を閉じている盲目の聖魔導師・シオンが、鈴の鳴るような声で続けた。
「彼を『出涸らし』と呼ぶのは、海を見て『水溜まりだ』と言うようなものですよ」
「なっ、シオン殿まで何を! 彼はただの、成長の止まった元天才で」
「ふん。成長が止まったんじゃない、あんたたちの物差しから“はみ出した”だけさ」
イゾルデが、不敵に笑って煙管をくゆらす。
「実力だの評価だの、そんな安い言葉を並べる暇があるなら、自分の足で会いに行きな」
シオンが穏やかに、だが断定するように言葉を重ねる。
「ええ。会ってみれば、分かります。彼がどれほど『自由』でそして、どれほど遠い場所にいるのかを」
超越者二人の言葉が揃った瞬間、会議室は凍りついたように静まり返った。
大臣たちが「出涸らし」と切り捨てようとした青年は、王国最強の双璧が、言葉を尽くしてなお語り得ない存在だった。
【幕間2:先駆者たちの屈辱、そしてクランの頂点】
王都の一等地にある『暁の先駆者』のクランハウス。
いつもなら凱旋を祝う活気で溢れているはずの広間は、今、重苦しい沈黙に包まれていた。
「何よ、結局。私たちは、あいつの影に踊らされてただけなの?」
リアが魔杖をテーブルに置き、悔しげに唇を噛む。自分たちが死力を尽くした後に流れてきた、あのレンのハーブの香り。それが、自分たちの無力さを突きつける「憐れみ」のように感じられて、胸の奥が熱くなる。
「落ち着け、リア」
ユウキが制するが、その視線もまた、どこか彷徨っていた。
そこへ、静かだが鋭い、空気を切り裂くような足音が響いた。
現れたのは、クラン『暁の先駆者』の頂点に君臨する者——『烈日』のルカだ。
背の高さほどもある巨大な大剣を背負い、陽光のような金髪を結い上げたその姿は、まさに暁の象徴。部屋へ入ってきた瞬間、室内の温度が上昇し肌がチリチリと焼ける錯覚さえ覚える。
「全滅を免れたというのに、随分と暗い顔だな。勇気ある撤退を選択した、その誇りはどこへやった」
ルカの凛とした声が広間に響く。
彼はユウキたちの前まで来ると、その鋭い、だが温かみのある瞳で一同を見渡した。
「ガルド、バッツ。お前たちの目には、あの浄化はどう映った」
ルカの問いに、傍らで腕を組んでいた古参の二人が静かに顔を上げた。
「ルカ。あれは、魔法なんて呼べる代物じゃなかった。理そのものを塗り替えるようなそんな、太陽の光さえ届かぬ深淵の力だ」
ルカは、背負った大剣の柄にそっと手を置いた。
「深淵、か。ユウキ、リア。お前たちが実績を積み、強くなったのは事実だ。だが、世界にはどれだけ背を伸ばしても、その足元にすら届かない『規格外』がいる」
ルカの言葉は、彼らのプライドを優しく、だが冷徹に解きほぐしていく。
「明日から特訓だ。我がクランの名の通り、暗雲を焼き払う真の『暁』となれ。あのお節介なハーブの香りに、二度と助けられぬようにな」
ルカが不敵に、そして眩しく微笑む。
王都最強のクランが、静かな、しかし確かな「再起」の熱を帯び始める中、ユウキたちはレンの、あの掴みどころのない笑顔を、今度は「目標」として思い描いていた。
【エピローグ:日常の奪還、ハーブの約束】
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「ん。やっぱり、マスターの作るこの『お野菜のコンフィ』。お豆がホクホクで、身体に染みるね」
カフェ『月溜まり』
窓の外では、ギルドの伝令係が慌ただしく走り回り、通行人たちが「あの森の奇跡」について熱っぽく語り合っている。だが、レンの意識は今、目の前の小皿に向けられていた。
「レンくん、おかえり! どこに行ってたのか知らないけど、無事でよかったわよ」
スージーが、いつもの元気な笑顔でレンのコップにお冷を注ぐ。
レンは「ん。ちょっと、遠くまでお散歩にね」と、微笑みながらフォークを動かした。
そこへ、無口なマスターが静かに歩み寄り、一言も発さずに小さな木の器を差し出した。
『朝摘みクレソンと、香草岩塩のローストポーク』
「え。マスター、これ、いいの?」
「……おまけだ」
短くそう言うと、マスターは満足げに鼻を鳴らしてカウンターへ戻っていった。
「わぁ。おいしそう。あ、そうだ、スージー」
レンは幸せそうにポークを頬張ると、思い出したように顔を上げた。
「今度、ボクのお家にも遊びに来てよ。ミズキに、新しいおもてなしの作法を教わったんだ。『星屑草』に『月見ハーブ』、それにえっと、あと一つ。とにかく、すっごく珍しいハーブを三種類ブレンドして、お茶を淹れるから」
「えっ、レンくんがおもてなししてくれるの!? やったー、楽しみにしてるね!」
スージーの明るい声が、平和な店内に響く。
世界を救うとか、英雄への憧れとか、彼の中には一欠片もない。
ただ、美味しい料理と、大切な友人に振る舞うお茶の約束。
レンは最後の一口を名残惜しそうに飲み込むと、窓から差し込む柔らかな光を浴びて、心地よさそうに目を細めるのだった。




