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聖女のおもてなし  作者: 甘味 太郎
森の静寂(しじま)、一雫の波紋
5/8

5話

【第5話:断絶の森、重なる絶望】




ーーーー




『太古の森』の境界線を一歩踏み越えた瞬間、ユウキたちは肌を刺すような違和感に足を止めた。

背後の街道には陽光が降り注いでいるのに、森の中は、色を失った灰色に沈んでいる。


「……何よ、これ。鳥の声一つしないなんて」


リアが魔杖を握り直し、不安げに周囲を見渡す。

卒業後、数々の高難度クエストをクリアしてきた彼女の直感が、かつてない警鐘を鳴らしていた。


「気にするな。俺たちはあの学園を卒業し、数多の魔境を越えてきたんだ。……行くぞ」


ユウキの号令で、クラン『暁の先駆者』の精鋭たちが奥へと進む。

彼らは卒業後、実戦の中でその剣技と魔法を研ぎ澄ませてきた。自分たちの力こそが、この世界の「最新」であり「最強」であるという自負が、その背中にはあった。

そして――彼らの前に、「それ」が現れた。

空間の裂け目からズルリと這い出してきた、幾何学的な文様を持つ異形の影。


「魔物か……! ユウキ、やるわよ! 私たちが積み上げてきた力、見せてあげる!」


リアが魔杖を掲げ、磨き抜かれた高位術式を展開する。


「焼き尽くせ! 極大崩界魔法アルティメット・ノヴァ――『プロメテウスの烈火』!!」


放たれたのは、一瞬で周囲の酸素を奪い尽くすほどの超高温の蒼炎。並の魔物なら灰すら残さないはずのその一撃は――しかし、異形に届く直前で、ガラスが割れるような音と共に霧散した。


「……え……消されたの……!? そんな、私の最高位魔法が……!?」

「ひるむな! 俺の剣筋に捉えられぬものはない! 神速一閃アクセル・ブレード――『ヘヴンズ・ジャッジメント』!!」


ユウキが神速の抜刀で、空中に黄金の軌跡を描く。数々の巨獣を両断してきたその剣技。だが、放たれた真空の斬撃もまた、異形の表面を滑るようにして空の彼方へ「屈折」していった。

異形の影は、声も上げずにただそこに立っている。

彼らが冒険者として積み上げてきた実績も、最新の魔導具も、誇り高き必殺技も。

この場所では、ただの「意味を成さない雑音」として処理されていく。


「……バカな。俺たちの全力フルパワーが、一撃も通じないなんて……」


自分たちの力こそが世界のルールだと信じていた彼らが初めて味わう、理不尽なまでの無力感。

灰色の森の奥から、さらなる「影」たちが、静かに、だが確実に彼らを囲むように這い出し始めていた。



【勇気ある撤退と、不敵な笑み】




「……チッ、まだやる気かよ。……いいぜ、こっちもまだ『本気』の半分も出してねえんだ。リア、最大火力の準備をしろ! 跡形もなく消し飛ばしてやる!」


ユウキが不敵に笑い、剣を正眼に構え直す。その気迫に、異形の影が一瞬、動きを止めた。

が、次の瞬間――。


「――なーんてな。総員、今だ! 第三種退避フォーメーション! 全速力でこの森から離脱するぞ!」



ユウキの鋭い号令に、動揺していたリアたちも即座に反応する。彼らは学園でも、そして卒業後の実戦でも、勝てない相手と出会った時の「引き際」を叩き込まれてきたのだ。


「リア、足止めを頼む! 残りのメンツは後退、ギルドへこの『バグ』の情報を持ち帰るぞ!」

「了解! ……あんな化け物に私の魔力をこれ以上食わせてやるなんて、御免だわ!」


リアが杖を地面に突き立てる。


深淵封鎖アビス・バインド――『アイギスの盾』!」


異形の影たちの足元から光の鎖が噴き出し、一時の足止めを作る。


「さて、あばよ異形さん。次は箸とお茶碗でも用意しておけよ」


ユウキは背後へ大きく跳躍しながら、不敵な笑みを残した。

ここでムキになって全滅するのは二流。情報を持ち帰り、対策を練ってから完勝するのが『暁の先駆者』のやり方だ。

だが――。

森の出口へ向かって全速力で駆けだした彼らの前に、信じられない光景が広がった。


「……嘘でしょ? さっき来た道が、なくなってる……!?」


リアの悲鳴のような声。

そこにあったはずの街道への道は、いつの間にか「灰色の霧」に包まれ、どこまでも続く底なしの森へと書き換えられていた。


「……俺たちを、逃がさないってか」


ユウキの額に、初めて冷や汗が流れる。

彼らの「戦略」を嘲笑うかのように、森そのものが意思を持って、彼らをその胃袋の中へと閉じ込めていた。




【エメラルドの奇跡】




「……っ、嘘だろ。どこまで行っても、森が、終わらない……!」


出口が消失した絶望の中、ユウキたちは背中合わせで異形の影に囲まれていた。

リアの魔杖は震え、ユウキの剣筋も精彩を欠き始めている。


「ここまで、なのかよ……っ!」


ユウキが絶望に声を震わせた、その時。


「――ユウキ、下がれ。リア、目を閉じろ」


低く、硬い声。

今まで後衛で静かに控えていた古参の二人――大盾のガルドと、双剣のバッツが、音もなく前に出た。


「え? 二人とも……」

「若手の仕事はここまでだ。あとは俺たちが引き受ける。……行くぞ、バッツ」

「ああ。死ぬには早すぎるからな」


二人が一歩踏み出した瞬間、大気が重く沈み込んだ。転生者たちが放つ派手な魔法とは違う、密度が違いすぎる圧倒的な威圧感。

ガルドが盾を構え、バッツが双剣を逆手に持ち替える。


「……ッ、これ、は!?」


ユウキたちは、自分たちが本当の意味で「守られていた」ことにようやく気づき、息を呑む。

二人がまさに死力を尽くし、異形の群れへ突撃しようとした、その瞬間だった。

ふわり、と。

戦場の殺気に似つかわしくない、清涼なハーブの香りが風に乗って流れてきた。


「……? この匂い」


ガルドが足を止めた直後、空からエメラルドの粒子が雪のように降り注ぐ。

異形の影たちはその光に触れた途端、何かに溶けるように静かに霧散していった。

どろりと溶けていた世界の「ひずみ」が、みるみるうちに鮮やかな緑へと書き換えられていく。


「……なっ!? なんだ、今の光は……」


バッツが呆然と呟く。

そこには、見たこともないほど透き通った青空と、宝石のように輝く精霊たちが舞う、本来の『太古の森』の姿があった。


「浄化された? あのバケモノたちが、一瞬で……?」


武器を構えたまま、ユウキたちは立ち尽くす。

最強の古参メンバーですら死を覚悟したその絶望を、一瞬で「無」に帰した圧倒的な力。

そこにはもう、誰の姿もない。

ただ、爽やかな風と共に、一枝のハーブがひらりとユウキの足元に落ちていた。





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