4話
【第4話:昼下がりの余熱】
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世界が震えるような予兆を見せていても、王都のカフェ『月溜まり』に差し込む陽光は、変わらず穏やかだった。
「ん。ふー、ふー。あつっ。……でも、おいしい」
レンは今、目の前の「戦い」に全神経を集中させていた。
それは、マスターが腕によりをかけて作った新作
『溶岩石のグリルハンバーグ〜薬草香る特製ソースがけ〜』
石板の上でジュウジュウと音を立てる肉塊から、暴力的なまでに食欲をそそる香りが立ち昇っている。
「もう、レンくん! 街の騎士団の人たちはみんな血相変えて北の方へ走っていったのに、レンくんだけだよ、こんなにのんびりお代わりまでしてるの!」
スージーが呆れたように、でもどこか安心したように笑いながら、焼きたてのパンをテーブルに置く。
「んー。だって、スージー。お腹が空いてると、いい考えも浮かばないし。お肉、冷めたらもったいないでしょ?」
レンは後ろにまとめた長い髪が邪魔にならないよう少し気にしながら、ハフハフと幸せそうにハンバーグを口に運ぶ。
ミズキとの静かなお茶の時間もいいけれど、こうして活気ある場所で、ガッツリとエネルギーを補給するのも、レンにとっては大事な「儀式」なのだ。
窓の外では、また一つ、武装した馬車が砂煙を上げて北の門へと急いでいく。
その慌ただしさを視界の端に捉えながら、レンは最後の一口をゆっくりと飲み込んだ。
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「ごちそうさま、スージー。マスター。お肉、最高だったよ」
レンは満足げに、なれた手つきで銅貨を置くと、店を出た。
「またねー!」と見送ったスージーは、鼻歌まじりにテーブルの片付けを始める。
「……あら?」
お皿を下げようとしたスージーの手が、ふと止まる。
レンが座っていた席の脇。テーブルの端に、レンが持っていたハーブの小さな枝が、そっと残されていた。
それは、捨てられたゴミのようでもあり、あるいは誰かへの贈り物として置かれたようでもあった。
「……? なんだかこれ、不思議な香りがする……」
スージーは無意識に、その小さな枝を手に取ると、エプロンのポケットにそっと忍ばせた。
理由は分からないけれど、なんとなく、そのまま捨ててしまうのはもったいない気がしたのだ。
その頃、レンは王都の門を抜け、北の空を見上げていた。
陽光は明るいが、その先にある『太古の森』の上空には、経験したことのないような淀んだ気配が渦巻いている。
(空気が、震えてる。ミズキが言っていた通り。これは、放っておけないね)
レンは、後ろで纏めた髪を一度きつく結び直した。
街の人々の喧騒を背に、彼は静かに、だが迷いのない足取りで歩き出す。
その眼差しは、先ほどまでの穏やかさの中に、鋭く研ぎ澄まされた光を宿していた。
【再生の村、揺れる水面】
街道を逸れた先にある『緑風の村』。
数年前までは、水が枯れ果て、砂埃が舞うだけの死んだ廃村だった場所だ。
だが今のそこには、子供たちの笑い声と、豊かな緑が溢れている。
「あ。よかった。水、まだ綺麗だね」
村の中央にある大きな石造りの井戸の前で、レンは足を止めた。
村人たちは、この井戸を『奇跡の泉』と呼び、聖域のように大切にしている。彼らは知らない。かつてこの地を通りかかった、お茶好きの青年と少年の二人が、「美味しいお茶を淹れるため」に、村中の地脈を浄化して去っていったことなど。
レンが井戸を覗き込むと、透明な水がなみなみと湛えられていた。
だが、その穏やかな水面が、ふと小さく波紋を描く。
「……? 風は、吹いていないのに」
レンの瞳が、少しだけ細められた。
井戸の底から伝わってくるのは、大地の微かな「震え」。
それは物理的な地震ではない。世界の根底にある魔力の流れが、北の『太古の森』に引きずられるようにして、不自然に波打っているのだ。
「ミズキ。浄化されたこの水ですら、苦くなろうとしてる。」
「あら、旅の方。このお水、美味しいでしょう?」
不意に声をかけてきたのは、洗濯物を抱えた村の女性だった。
レンはいつものおっとりした顔に戻り、「ん。すごく、綺麗だね」と短く返した。
「ええ、この水のおかげで、私たちの命は繋がったんです。だから……最近、北の森から流れてくる不気味な黒い霧も、この井戸が守ってくれるって信じてるんですよ」
彼女が指差した先――。
美しい村の空の向こう側に、まるで世界を塗りつぶすかのような、淀んだ黒い影が少しずつ、だが確実に迫っていた。
【強欲の銀狼、その名はオグリ】
「ん。ちょっと、急ぐから。出てきてくれるかな、オグリ」
レンが指笛を鳴らすと、影の中からヌッと、銀色の毛並みを持つ巨大な狼――オグリが姿を現した。
鋭い爪、燃えるような瞳。だが、その表情はどこまでもゆったりとしていて、優雅に欠伸を一つ。
「あ。おはよう。北の森まで、お願いできるかな」
レンがひょいと背に跨る。……が、オグリは微動だにしない。
それどころか、器用に前足の爪を立てて、地面に「¥」のようなマークをさらさらと描き始めた。
「……? オグリどうしたの……?」
『……。世の中は、等価交換である。……走るための燃料が足りない、かもしれないんだが?』
オグリはハッキリとした口調で、目は全く笑わずにレンを見つめる。
「え。お金、取るの? ボクたち、契約魔獣と主……だよね?」
『それはそれ。これは、これな訳で。あ、今ならキャンペーン中で金貨一枚で、神速モードでやれるけど』
「ふふ。相変わらずだね。はい、これ」
レンが苦笑いしながら、財布から金貨を一枚取り出し、オグリの口元へ放り投げる。
オグリはそれを「カチッ」と空中で器用に噛み締めると、ゴクリと飲み込んだ(どこに収納してるんだ!?)。
『まいど〜。では投資に見合う仕事を約束しよう。』
次の瞬間、オグリの全身からバチバチッと白銀の火花が散った。
『前髪は、掴まないでくれよォォ!』
ドォォォォンッ!!
要領を得ない話しぶりからは想像もつかない、物理法則を置き去りにした超加速。
金貨の輝きを動力源に変えて、強欲の狼は一筋の白銀の雷光となり、一瞬で街道の彼方へと消え去った。




