3話
【第3話:選ばれし者たちの矜持】
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王都の一等地にそびえ立つ、白亜のギルドハウス。そこは転移者たちが中心となって結成された国内最大級のクラン『暁の先駆者』の本拠地だ。
「――よし、装備の最終確認はいいか?」
リーダーのユウキが、魔力を帯びて青白く光る最新の魔導アーマーを点検しながら声をかける。
レンと別れた後の彼らは、それまでの「旧友を心配する顔」から、一変して「戦士の顔」になっていた。
「準備万端よ。私の魔杖も、『ヘパイストスの鉄槌』の最新モデルに調整済み。……そういえばレンくん、あんな路地裏で何をウロウロしてたのかしら」
サブリーダーのリアが、ふと苦笑を漏らす。
「あいつ、お茶を淹れるためのハーブを大事そうに抱えてたわよ。あんなの、魔物が出る場所じゃ何の役にも立たないのにね。相変わらず、趣味に生きてるっていうか」
「はは。あいつもあいつなりに、この世界での『スローライフ』を楽しんでるんだろ。俺たちみたいに、魔王復活の予兆を追って最前線に立つのは、肌に合わないんだよ」
ユウキは、自分たちが学園時代よりも遥かに高みに到達したという自信を胸に、腰の剣の柄を握った。
今の自分たちは、王国の名だたる騎士団にも引けを取らない高位魔法とスキルを身につけている。
「今回の調査には、クランから新たに精鋭を二人追加した。これで『太古の森』の深部まで踏み込める。行くぞ、俺たちの力を見せつけてやろうぜ」
活気に満ちたギルドハウスを出て、重厚な装備の音を響かせながら、彼らは街の門へと向かう。
「異変の調査」という重大な任務を帯びているにもかかわらず、その足取りはどこか軽い。
彼らはまだ知らない。
王国の上層部や本物の勇者たちが、その「異変」の正体に戦慄し始めていることを。
そして、自分たちが信じている「魔法」が通用しない領域が、すぐそこまで迫っていることを――。
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【深淵を覗く者たち】
王都の最奥、一般の冒険者は立ち入ることすら許されない聖域――白亜の王城『アイギス』の円卓会議室。
そこには、ユウキたちのクランハウスにある活気とは正反対の、肌を刺すような緊張感が満ちていた。
「――それで。……報告は、以上か」
重々しく響いたのは、王国軍最高総司令官の、鋼を打つような声だ。
円卓を囲むのは、各国の利害を超えて集められた「本物」の英雄たち。
ある者は、数多の戦場を潜り抜けた傷だらけの聖騎士。
ある者は、数百年を生き世界の理を知り尽くしたエルフの賢者。
そして、その中央には、王国の至宝であり、伝説の血を引く『勇者』の姿もあった。
彼らの表情は、一様に硬い。
ユウキたちが「少し不気味な異変」程度に捉えていた森の現象を、彼らはこう読み解いていた。
「間違いない。これは、単なる魔力の暴走ではない。世界の理そのものが、内側から食い破られているのだ」
賢者が広げた古地図の上で、黒いシミのように広がる『太古の森』の領域。
そこでは、方位磁針が狂うどころか、魔法の構成式そのものが「意味を成さない空白」に書き換えられているという。
「転移者たちの子供たちが調査に向かいましたが……。彼らでは、あの深淵を直視することすら叶わぬでしょう」
「構わん。彼らには『表の盾』として動いてもらう。我ら軍の精鋭も、影から動く。魔王の復活。それが単なる伝承ではないと、証明される日が近い」
窓の外では、何も知らない市民たちが平和を享受している。
だが、この円卓に座る者たちだけは知っている。
かつて世界を焼き尽くした絶望が、再びその鎌首をもたげ、すぐそこまで迫っていることを。
勇者が、静かに腰の聖剣に手をかけた。
その瞳には、ユウキたちのような自信ではなく、底知れぬ深淵に立ち向かう者特有の、冷徹な覚悟が宿っていた。
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【理の崩落】
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王都から北へ数里。かつては精霊が住まうと謳われた『太古の森』は、今や「音」を失っていた。
風が吹いても葉が鳴らず、鳥のさえずりも聞こえない。ただ、そこにあるはずのない「異物」が、森を浸食していた。
森の奥深く。
樹齢千年を超える大樹の根元で、空間が「ひび割れて」いた。
それは闇ではなく、ましてや光でもない。まるで描かれた絵画の表面が、鋭いナイフで削り取られたかのような「無」の亀裂。
「………」
その亀裂に触れた一輪の花が、一瞬で変質する。
枯れるのではない。花びらは歪な多角形へと形を変え、色彩は反転し、重力を無視して上へと「落ちて」いく。
この世界の法則が書き換えられ、既存の知識では記述できない「未知の物理」が、そこでは支配権を握りつつあった。
やがて、その亀裂の向こうから、ズルリ……と何かが這い出してきた。
それは魔物と呼ぶにはあまりに幾何学的で、生物と呼ぶにはあまりに無機質な、「異形の影」。
その影が通り過ぎた後には、緑豊かな森ではなく、灰色の砂のような無機質な残骸だけが残されていた。
王都の若きエリートたちが、意気揚々とこの場所へ向かっている。
自分たちの力が、この「理不尽」を前にどれほど無力であるかも知らずに――。




