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聖女のおもてなし  作者: 甘味 太郎
空の咆哮、聖女の招き
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15/16

8話

【第8話:至高の茶器、光を招く】





「レン。覚えていますか。あの方が魂を込めて直した、あの急須を」


天使が放つ圧倒的な光の中で、ミズキが静かに問いかけた。

レンは懐から、あの布に包まれた『急須』を取り出す。魔王を討つ武器でも、世界を滅ぼす禁具でもない。ただ、職人ゲルマンがその矜持を賭けて磨き上げた、至高の茶器。


「ん。覚えてるよ。ミズキ。まさかこの急須ってそのための?」

「ええ。この子は、行き場を失って迷子になっているだけですから。私たちの日常の中に、そっと招き入れてあげましょう」


ミズキが急須の蓋を、凛とした所作で開けた。

その瞬間、王都全土を覆っていた絶望的な輝きが、意志を持った水流のように、吸い込まれるように急須の中へと注ぎ込まれ始めた。

それは「封印」というような、苦しいものではなかった。

あまりに精緻に、あまりに美しく整えられたその内側は、天使ラグエルにとっても、この世界で最も居心地の良い「家」だったのだ。


「あ。光が、全部、入っていく」


レンがおっとりと急須を掲げる。

まばゆい天使のシルエットが、柔らかな光の筋となって、コトン……と音を立てて急須の底に収まった。



その瞬間、方舟は地を震わせゆっくりと始動する。刹那——光を纏い、自転を始める一つの惑星のように、その巨体を静かに巡らせた。


傾く陽光を満身に映し、巨大な地塊のごとく雲海を割り進む。白銀の航跡を残し、青と金の境界線へと融けていくように、それは静かに消え去った。


(————アミ—ゴ〜)


「よし。ん?今、なんか聞こえたけど、気のせいか?……これでおもてなし、完了だね」

『ぬ。あの膨大な質量の塊が、この小さな器に収まるとは。主よ、その急須、後で時価を査定させて……』

「……オグリ。それは、ダメだよ」


広場には、再び王都の穏やかな風が吹き抜けた。

ルカもスージーも、そして最強のマスターも、呆然としながらも、その「おもてなし」による解決に、不思議と心が温まるのを感じていた。


「さて、レン。帰りましょうか。この急須で淹れる、最初の一杯が楽しみですね」


悪戯いたずらを成功させた少女のような笑みを浮かべ、ミズキは唇を綻ばせるのだった。





【幕間:崩壊する常識、あるいは新しい日常】



————




方舟が王都上空に飛来し、そして静かに「消滅」してから数日が経過した。

通常なら復興と警戒に追われるはずの王都。だが、アイギス城の円卓会議室に集まった重鎮たちの顔は、かつてないほどに引き攣っていた。


「報告しろ。もう一度だ。私の耳が腐っていなければ、今、とんでもない言葉が聞こえた気がする」


騎士団長ゼルドが、震える手でこめかみを押さえる。

報告に立った若き参謀エリアスも、自身の正気を疑うような顔で書面を読み上げた。


「はっ。まず、復活が懸念されていた『魔王』についてですが。現在、王都一のお洒落カフェ『月溜まり』にて、新作のベリーベリーパンケーキを堪能している姿が目撃されています。危害を加える様子は一切なく、むしろ店員のスージー嬢に『お芋のタルトも追加で』と、注文していたとのことです」


「魔王が、……パンケーキを?」


「続きまして……。先代の勇者と竜王の血を引き、歴史の闇に消えたはずの『最強の血統』の末裔が、同店にて調理を担当。日々、神速の包丁捌きで『至高のポテトフライ』を量産しております。……さらに、人間を極端に嫌っていたはずのハーフエルフ、スージー嬢が、人間相手に満面の笑みでお代わりを勧めているという、極めて異常な事態に……」


会議室に絶望的な沈黙が流れる。

「仕組まれた陰謀」というにはあまりに平和で、「平和」というにはあまりに世界のパワーバランスが崩壊している。


「大臣、これは……。我々はどう対処すべきでしょうか」

「知るか! 魔王と勇者が同じ屋根の下で芋を食っているのだぞ! 兵を向かわせろと? 死にたい奴から行け! 私には無理だ!」


重鎮たちが頭を抱える中、窓際のイゾルデが「くっくっく」と肩を揺らして笑った。


「いいじゃないか。あの子にとっては、世界を統べるのも、急須で茶を淹れるのも、等しく『日常』なんだよ。あんたたちの物差しが折れた音、ここまで聞こえてくるよ」


シオンもまた、静かに微笑んでいる。

王城の会議室がどれほど揺れようとも、王都の空は今日も青く、どこからかハーブの香りが漂ってくる。

常識が死に、新しいことわりが芽吹いた街。

そこでは、かつての魔王も、封印の触媒も、最強の血筋も。

ただの「お茶仲間」として、今日という日を慈しんでいた。




【エピローグ:ハーブの香りと、まさかの予感】




「ん。ミズキ。スージー、もうすぐ来るかな」

「ええ、もうそこまで足音が聞こえていますよ。さあ、準備は整いました」


隠れ家の縁側。レンとミズキが並んでお茶を待っていると、坂道の下から「おーい!」と元気な声が響いた。

駆け寄ってきたのは、いつものエプロン姿ではなく、お洒落な私服に身を包んだスージーだ。


「お待たせ! レンくん、ミズキさん! やっと遊びに来れたわ!」

「スージー。いらっしゃい。待ってたよ」


レンがにっこりと微笑み、スージーを特等席へ招き入れる。ミズキが流れるような所作で、とっておきの三種のブレンドハーブティーを急須から注いだ。


「わあー! 何これ、今までのお店のお茶よりずっと美味しい! ねえ、それにしても。」


スージーがティーカップを置き、まじまじとミズキの顔を覗き込んだ。


「ミズキさんって、やっぱり、すっごく綺麗な女の子だったのね! 街ではずっと『謎の美青年』だと思われてたのに、こんなに可愛いなんてズルいわ!」


ミズキは少しだけ頬を染めて、いたずらっぽく笑った。


「ふふ。植物とばかりお喋りしていたら、自分を飾るのを忘れていただけですよ」

「もう! レンくんも、こんな素敵なひとと二人きりで暮らしてるなんて、毎日ドキドキしちゃうでしょ?」

「え。ミズキは、ミズキだよ。ボクにとっては、大切で、大好きだけど」


レンがいつも通り、おっとりした口調で、でも真っ直ぐに答える。その迷いのない言葉に、スージーは「あはは、ごちそうさま!」と掌を合わせて笑い飛ばした。


「でも、不思議よね……。ミズキさんが女の子だったり、マスターが凄腕だったり。この世界って、意外な正体が隠れてることばっかり!」


スージーは、お茶を飲み干すと、ふと思いついたようにレンの顔をじーっと見つめた。


「ねえ、レンくん。レンくんは物凄くわるーい魔王さま?」

「え。ボク? んー、ボクは、ボクだけど?」


レンは小首を傾げ、隣に座るミズキと視線を合わせた。

二人の間だけで通じ合う、温かくて、少しだけ特別な沈黙。


「じゃあレンくんは……悪いこと(仕事)をしない魔王さまだから、クラスだけ魔王なのかな……ふふっ」


スージーが笑いながら、焼き立てのジャガイモに手を伸ばす。


「ん。ボクは、お芋が大好きな、レンだよ」



—————————



夕暮れが隠れ家を優しく包み込み、ハーブの香りが穏やかに流れていく。

正体が何であれ、運命がどうあれ。

今日、この一杯のお茶を一緒に楽しめる。それだけで、もう十分すぎるほど幸せな1日。





ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


レンの物語はここまでとなりますが、もう1話だけあるのでお付き合い下さい。


そして、それをもって最終話とさせていただきます。





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