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聖女のおもてなし  作者: 甘味 太郎
砂漠の黄金郷エル・ドラード
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16/16

1話

【プロローグ:沈黙の庭園、砂漠に眠る絶望】






教会の地下深く、そこには時が止まったかのような、穏やかで濃密な「琥珀色の静寂」が満ちていた。

盲目ダーク・オラクルの聖魔導師】シオンの一日は、その静寂の層を、指先で丁寧にめくっていくことから始まる。


「ん。今日もいい子ね。少し、お肌が乾燥しているかしら」


シオンは、光を必要としない青白い花々の間を、まるで見えているかのような確かな足取りで進む。

鉢植えの土の温もりを確かめ、葉脈の微かな震えを聴き、一滴ずつ丁寧に「聖なる雫」を注いでいく。けれど。

お茶を淹れようと椅子から立ち上がった、その時。

いつもならハーブの香りを運んでくるはずの地下の空気が、ふわりと、「無機質な渇き」に変わった。


カラン……。


手から滑り落ちた水差しが、石畳の上で乾いた音を立てる。

同時に、シオンの耳が、信じられない「音」を捉えた。


パサッ、パラパラ……。


瑞々しく咲いていた「夜明けの蕾」が、シオンが駆け寄るよりも早く、冷たい砂となって指の間を通り抜けていった。

異変は一瞬で温室を飲み込んでいく。

美しかった庭園が、端から順番に、音もなく無機質なグレーに塗りつぶされていく。

シオンは、静まり返った温室の真ん中で、立ち尽くした。

足元には、かつての家族たちの無残な残骸——冷たい灰の海。


「あ。ああ……」


シオンは、動かなかった。

ただ、灰の海の中に立ち尽くし、そっと自分の胸元を片手で押さえた。

次の瞬間、彼女から漏れ出したのは、先ほどまでの慈愛に満ちた聖女の気配ではない。

地下の岩盤を震わせ、大気を一瞬で沸騰させるような重厚で禍々しい「脈動」。

目が見えないはずの彼女の顔が、ゆっくりと遥か彼方の空——「何か」が降りてくる方向へと向けられる。


「そう。もう、始まっているのね」


彼女を包んでいた琥珀色の空気は、今はもうない。

代わりに彼女の周囲には、触れるものすべてを平伏させるような、古の「竜の咆哮」に似た、静かな熱波が渦巻いていた。


「行きましょう。最後の一滴が、枯れ果ててしまう前に」





—————————





吹き荒れる熱風が遠く見つめる者の顔を打ち付ける。砂丘の頂に立つその姿はまだ幼さが残る少年のソレだ。

黄金の瞳は地平線の彼方、空と砂が溶け合う「境界」を射抜くように見据え、その口元には退屈を弄ぶような不遜な笑みが浮かんでいた。

足元を流れる砂の音が不自然に止まった。

少年がそこに立っているというだけで世界のルールが歪み、荒れ狂う砂漠の熱狂が彼の周囲だけを避けるように凪いでいる。


「ハッ。わざわざこんな暑いところまで御苦労なこった」


少年はただ静かに佇んでいた。

その拳が描くわずかな動きさえもが大気を物理的に切り裂き、周囲に絶対的な「死域」を作り出していく。

防御などという概念は彼にはない。

ただ、そこに「在る」だけで来るべき嵐を力ずくで引きずり出そうとする圧倒的なまでの強者の余裕。


「おい、隠れてないで出てこいよ。空気が死んでやがるぜ」


少年がそう呟いた瞬間、黄金の地平線の彼方が漆黒の絶望に染まり始めた。

熱風が止まり世界が息を止める。

若き龍が今、静かにその牙を剥こうとしていた。



少年が大きくて口を開け、咆哮を上げようとしたその瞬間。エル・ドラードの黄金の砂がまるで巨大な滝のように逆流し、地の底から「それ」を引きずり出した。


ズゥゥゥゥゥゥン!!


地鳴りとともに現れたのは、砂漠地帯に鎮座する巨大建造物さえも小さく見せるほど巨大な三体の人型魔神。だが、その姿はあまりに異質で、見る者の精神を削るほどに禍々しい。


一体目は、巨大な「石の椅子」に腰掛けたまま現れた魔神。その五体は椅子に太い鎖で縛り付けられ、顔にあるべき目と口は、鈍く光る「黒曜石の糸」で無惨に縫い合わされている。身動き一つできないはずなのに、その「縫われた目」の奥から逃れようのない重圧が溢れ出していた。


二体目は、空を衝くほどの「巨大な十字架」に張り付けられた魔神。全身を古の呪文が書き込まれた腐食した布でぐるぐる巻きにされ、まるで生きたミイラのようだ。彼が蠢くたびに、布の隙間から漏れ出すどす黒い魔力が周囲の砂を瞬時に「灰」へと変えていく。


そして三体目。

最も異様なそれは「巨大なギロチン台」にその首を固定された状態で現れた。処刑台と一体化したその巨躯は、苦悶に満ちたポーズで固まり、やはり布で全身を拘束されている。ギロチンの刃が風に揺れて「ギィ、ギィ……」と鳴るたび、世界そのものが悲鳴を上げているような錯覚に陥る。


「じょ、冗談、だろ?」


さっきまで余裕の笑みだった少年の手が一瞬だけ止まった。大剣を握る指先にこれまでにない力がこもる。

三体の魔神。

椅子に縛られ、十字に架けられ、処刑台に繋がれた、救いようのない絶望の具現。彼らがただそこに「在る」だけでエル・ドラードの熱風は凍りつき、太陽の光さえもその禍々しい布の中に吸い込まれて消えていった。



—————————




And so it begins...








この話の続きは、次回作にて



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