6話
【第6話:降臨する絶望、超越の双璧】
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それは、突如として王都の空を「消失」させた。
天を覆う雲が生き物のように割れていく。引き裂かれた青空の向こうから姿を現したのは、文字通り『天を突く方舟』だった。
「な……んだ、あれは……っ!?」
最初、王都の住人たちはそれを「巨大な雲」かと思った。王都全域を夜と見紛うほどの深い影に沈めながら、地上を見下ろす圧倒的な高度でピタリと静止した。
———方舟から飛び出したのは、巨大な翼を広げて王都の空へと躍り出た、伝説の魔獣ベヒーモスの群れ。
超巨大な質量が重力に従って天から王都の広場へと急降下してきた。
凄まじい着地衝撃の地響きが止んだ後、先頭の一頭が、広場の中央で深く息を吸い込み、咆哮を上げる。
「——グオオオオオオオオオオオオッ!!」
それは空間を物理的に爆裂させる、圧倒的な「衝撃波」。王都の堅牢な大時計塔や石造りの建物が、まるで砂細工のように砕け散る。瓦礫を含んだ凄まじい風圧と共に、呆然と立ち尽くす騎士たちへと容赦なく迫ってきた、その時——。
「———聖魔障壁」
刹那、騎士たちの周囲を球状の分厚い光の結界が包み込んだ。巨石や衝撃波が、その結界に触れた瞬間、パァンと心地よい音を立ててすべて弾け飛んでいく。
「な、何が起きたんだ、俺たちは生きているのか……?」
「……ご無事で何よりです。騎士の皆様、どうかその結界の中から動かぬよう」
土煙の向こうから響いたのは、戦場にはあまりにも不釣り合いな、澄んだ鈴の音を思わせる可憐な声。
逃げ惑う群衆と巨獣たちの間に音もなく立っていたのは、二人の超越者だった。
「——やれやれ。これだけの巨体が降りてきたんだ、膝の関節に響くよ。シオン、後ろの雛鳥たちの守りは任せたよ」
「ええ、お任せくださいイゾルデ様。この程度の『獣』に、王都も、健気な人々も、汚させるわけにはいきませんから」
静寂の魔女、イゾルデ。そして盲目の聖魔導師、シオン。
二人の超越者の前で、先頭のベヒーモスが大地を砕きながら突進してくる。
「シオン、道を作りな。アタシが掃除してやる」
「——承知いたしました」
シオンが杖を軽く地面に突く。
「聖域展開——『白銀の牢獄』」
突進してきた数頭のベヒーモスの周囲が光り輝き重力が一瞬で数百倍に膨れ上がり、巨獣たちは身動き一つできず地面に平伏した。
「いい子だ。そのまま寝てな」
イゾルデが不敵に笑い、手にした煙管をくゆらせて、ふーっと細い紫煙を吐き出す。
その煙は空中でみるみるうちに凝縮し、不吉な輝きを放つ巨大な死神の鎌へと姿を変えた。
イゾルデが細い指先をスッと横になぞる。
「常闇葬送——『煙霧の大鎌』」
視認すら不可能な速度で空間を裂いた煙の刃が、重力で身動きの取れないベヒーモスたちの首筋を正確に捉える。次の瞬間、ベヒーモスの首がまるでバターのように一瞬で滑らかに刈り取られていった。
「なっ——! あの伝説の魔獣を、瞬殺!?」
遠巻きに見ていた騎士たちが目を疑う。
だが、方舟の奥からは、さらに上位の存在——バハムートの影がゆっくりと翼を広げ始めた。
「ふん。少しは骨のあるのが出てきたね。シオン、本気でいくよ」
「はい。レン様が到着するまで、ここを通すわけにはいきませんから」
超越者二人の周囲で、世界が歪むほどの魔力が渦を巻く。
伝説と絶望が交差する王都。かつてない規模の「防衛戦」が、今その幕を開けた。
【暁の剣と、翡翠の旋風】
ベヒーモスの死骸が転がる広場に、天を焼くような咆哮が響き渡った。
方舟の門から這い出してきたのは、黒金の鱗を持つ巨竜——バハムート。その口内に、すべてを無に帰す破壊の光が収束していく。
「——させるかッ! 『烈日』の一撃、受けてみろ!」
黄金の閃光と共に、大剣を担いだルカが空を舞った。
「太陽神の裁き(ソル・プロミネンス)!!」
太陽の魔力を帯びて赤熱した巨大な剣身が、バハムートの脳天へと真っ直ぐに振り下ろされる。刃が触れた刹那、核爆発に匹敵する超高熱の白光が巨躯を縦一文字に包み込み、強靭な黒金の鱗もろとも一瞬で蒸発させ、跡形もなく消滅させた。
「ナイス、ルカ! 奥の群れは私がやる!」
横から飛び出したのは、いつものエプロンを脱ぎ捨て、翡翠色の軽装鎧に身を包んだスージーだった。その瞳はハーフエルフ特有の鋭い光を放ち、手にした細身の魔剣が幾重もの魔法文字を刻む。
「いくよ! 高速多重強化!」
スージーの周囲に幾何学的な魔法陣が展開される。
『筋力増強』『速度上昇』『魔力付与』———。
一瞬で自らに十数個のバフを叩き込んだ彼女の姿が、かき消えた。
「——ッ、速い!?」
ルカが驚愕するほどの神速。
スージーはバハムートの巨体を駆け上がり、魔力を纏った剣でその鱗を切り裂いていく。
「翡翠の円舞曲——十六連輪!」
スージーが空中でふわりと身を翻す。その動きに合わせて「翡翠の波紋」が空間全体に激しく広がった。広がる光の輪は触れるものすべてを無に帰す刃となり、バハムートたちは跡形もなく光の中に消し飛んだ。
「あはははッ!!笑えるよスージー。あんた魔力量どんだけあんのよ——。暁のクランにスカウトしたくなるじゃないか!」
「ふふ、あなたのクランの料理長がウチのマスターよりイケてるなら、考えてあげてもいいわよ、ルカ!」
背中を預け合い、笑いながら戦場を駆ける二人。
最高峰の剣技と、自分を限界まで高める魔法の奔流。
王都最強の乙女たちが、降臨した魔王軍を圧倒していく!
【絶望を喰らう者、最強の背中】
バハムートを退けた広場。安堵の空気は、方舟の船体の隙間からズルリ……と這い出してきた「黒い粘着質の塊」によって凍りついた。
それは不定形で、生物というよりは「悪意を煮詰めた泥」のようだった。
「何よ、これ。嫌な予感がするわ。ハッ!!」
スージーが神速のバフを乗せた魔剣を叩き込む。だが、刃は手応えなく吸い込まれ、逆に魔力を吸い尽くされてスージーの顔色が真っ青に変わる。
「……私の魔力が一瞬で空っぽに!?」
「下がってな、スージー! 『烈日』の業火——焼き尽くせ!!」
ルカが巨大な紅蓮の斬撃を放つが、その熱量さえもネバネバは「ゴポッ」と音を立てて飲み込み、さらに巨大に膨れ上がった。
「馬鹿な、エネルギーを喰って成長してるのか!?」
「シオン、最大封印だよ! こいつは世界の穴そのものだ!」
イゾルデとシオンが、王国の存亡を賭けた禁忌の極大魔法を放つ。白銀の光が広場を埋め尽くすが、ネバネバの怪物は、その光の粒子をアメ細工のように絡め取り、あざ笑うように触手を伸ばしてきた。
「物理も魔法も、法則そのものが喰われてる。アタシたちの手には負えないよ」
イゾルデが苦々しく煙管を噛み締める。超越者、剣聖、魔法剣士。王国の希望がすべて、その「無音の深淵」に飲み込まれようとした——その時。
カツン、カツン
と、石畳を叩く、あまりに場違いで、規則正しい靴音が響いた。
「——待たせた。少し、後片付けが長引いてしまってな」
戦場を覆う絶望的な冷気を、その「声」が霧散させた。
振り返れば、そこにはいつもの白いエプロンをきっちりと締め、一本の刀を腰に差した『月溜まり』のマスターが立っていた。
「マスター!? ダメ、なんでここに居るのよ!!」
スージーが叫ぶ。だが、マスターは動じない。
彼が一歩踏み出した瞬間、ネバネバの怪物が初めて怯えたように震え、身を縮めた。
「……俺の店の大事な常連たちが、お腹を空かせて帰りを待っている。貴様のような『鮮度の悪いもの』に、これ以上時間を割かせん」
マスターが腰の刀——『竜王の牙』と『勇者の魂』で鍛え上げた朧月を抜いた。
その瞬間、王都全土の魔力がピタリと止まり、すべての生物が本能的に「真の頂点」を悟る。
「——凪」
一閃。
閃光すら置き去りにしたその一振りが、あらゆる法則を喰らい尽くしていた怪物を、まるで陽炎のように美しく、そして細やかな塵へと霧散した。




