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聖女のおもてなし  作者: 甘味 太郎
空の咆哮、聖女の招き
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3話

【第3話:嵐の前の、豪華すぎる食卓】




—————————




「ん。やっぱり、出発前はこれだよね」


レンは今、カフェ『月溜まり』のいつもの席で、湯気を立てる『霜降り牛の赤ワイン煮込み〜最強のジャガイモ添え〜』と対峙していた。

マスターが無言で差し出したその一皿は、もはや料理というより、一つの完成された魔導芸術のような輝きを放っている。


(マスターの料理、食べるとお腹の底から、力が湧いてくる気がするんだよね……)


むかし、かなり腕の立つ冒険者だったらしく、素材確保の狩りも自らやっているらしい。

そこへ、店の扉が勢いよく開いた。


「——いたわね、レン! 探したんだから!」

「あ。ルカッ」


現れたのは、クラン『暁の先駆者オーロラ・ヴァンガード』のリーダー、ルカ。大剣を背負ったままの彼女は、店内の客たちが息を呑むほどの覇気を纏っている。


「君も、お散歩?」

「違うわよ! あの森の件、あんたに聞きたいことが……って、何よその美味しそうな肉!」


ルカが席に詰め寄ろうとしたその時。


カラン……と、静かにベルが鳴り、さらに二人の人物が足を踏み入れた。


「……おや。先客がいるようだねぇ」

「……ええ。ですが、この香りは……無視できません」


王国の超越者ジ・アンタッチャブル、『静寂の魔女』イゾルデと、『盲目の聖魔導師』シオン。

王国のトップたちが、この路地裏の小さなカフェに一堂に会した。店内には、一般の冒険者なら気絶しかねないほどのプレッシャーが渦巻く。


「あら。お婆ちゃんたちも。一緒に、食べる……?」


レンだけは、いつも通りおっとりした顔で、肉を口に運んでいた。

ルカ、イゾルデ、シオン。そして、カウンターの奥で静かに包丁を研ぐ最強のマスター。


「ルカ、ちょうどよかった。『方舟』に行きたいんだけど古い地図、持ってないかな?」


レンのその一言で、店内の空気がピリリと凍りつく。

伝説の職人の失踪、空の方舟、そして地上の入り口。

美味しい料理の香りに包まれながら、物語はついに、世界が隠し続けてきた「禁忌のダンジョン」へと繋がっていく——。






【美食の奔流、語られぬ深淵】





「ん。ルカも、食べる? マスターのご飯、美味しいよ」

「ちょっと、レン。私は方舟の話を……って、うわ、何この香り!」


ルカが毒気を抜かれたように立ち尽くしていると、カウンターの奥からマスターが無言で新たな皿を差し出した。それをスージーが、弾むような足取りで運んでくる。


「はい、お待たせ! マスター特製、『幻の白龍魚はくりゅうぎょと春ハーブのカルパッチョ』よ!」


「白龍魚……!? 王族の晩餐会でもお目にかかれない絶滅危惧種じゃない! なんでこんな街のカフェに……」


ルカが驚愕する間もなく、イゾルデとシオンの前にも次々と料理が並べられていく。


「……ふむ。竜の咆哮のような力強さと、ハーブの優しさが同居しているねぇ……」


イゾルデが老練な手つきでナイフを入れる。盲目のシオンも「……視えずとも分かります。これは、世界を癒やす味ですね」と、恍惚とした表情を浮かべた。


「ねぇ、ルカ。方舟の入り口のこと、知ってる?」


レンが頬張ったロースト肉を飲み込み、ようやく本題を切り出した。だが。ルカはフォークを構えたまま、夢中な手つきでカルパッチョの切り身を光にかざしている。


「信じられない。この白龍魚の身の締まり、ただの鮮度じゃないわ。っ、このソース! 柑橘の酸味の裏に、大地を揺らすような濃厚なスパイスの残響が……! 勇者の剣筋のような鋭さと、すべてを包み込む竜の抱擁を感じる……ッ!」


「け、剣筋?抱擁?あのルカ、あの、ゲルマンさんが消えて……」


「……ちょっと静かにして、レン! 今、私の舌の上で『太陽のオムレツ』が爆発してるのよ! この卵の弾力、まるで黄金の盾に跳ね返されるような快感……。喉を通る瞬間のこの熱量、まさに我がクランの『烈日』の輝きを体現しているわ。はぁ、一生噛んでいたい……」


「…………」




凄腕マスターによる、究極の給仕おもてなし

方舟という不穏なテーマを抱えているはずなのに、店内の空気は多幸感で満たされていた。

だが、その幸せな食事の裏で、マスターの瞳が一瞬だけ、レンの懐に隠された「あの急須」に向けられたことを、まだ誰も知らない。




【幸福の重み、郷愁の扉】




「ふぅ。ごちそうさまでした。マスター、スージー。今日も、最高だったよ」


レンが満足げに店を出る頃には、空には美しい星々が瞬いていた。

つい先ほどまで同じテーブルを囲んでいたルカは、「はぁ、あのソースどうやって作るのかしら……」と、本来の目的を半分忘れたような顔で、夢見心地のままクランへと戻っていった。


超越組のイゾルデとシオンも、「たまには、こういう『真理』も悪くないねぇ」「ええ。心が洗われ、戦うのが馬鹿らしくなりますね」と、まるで温泉帰りのような穏やかさで闇の中に消えていく。

結局、誰も方舟の話を深掘りすることはなかった。

けれど、彼らの表情には、王都の緊張感から解放された、確かな「充足感」が宿っていた。


「オグリ。お腹、苦しい?」

『ぬ。金貨一枚分以上の価値はあったな。だが、歩くのは……億劫だ』

「ふふ。じゃあ、少しだけゆっくり歩こうか」


レンが向かったのは、賑やかな大通りではなく、街の外れへと続く静かな道。

そこは、彼が「レン」としてこの世界で育った原点——。

貧民街のさらに奥にある、古びた修道院。

月明かりに照らされたその建物は、所々が傷み、蔦が絡まっているけれど、レンにとってはどんな王城よりも温かく、懐かしい匂いのする場所。


(ここに来るのは、久しぶり。ゲルマンさんエルくんのこと。それから、ミズキに言われたこと。ここで、もう一度、確かめておきたいんだ)


レンは、のんびりした歩調のまま、思い出が詰まった錆びた鉄格子の門へと手をかけた。

幼少期、枝一本で地面に「落書き」をしていたあの頃の情景が、風と共に蘇ってくる。

方舟への道を探る前に、レンが立ち寄らなければならなかった場所——。





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