008 混沌の怪物
深い、深い闇の中だった。
痛みはない。ただ、自分の意識がバラバラにほどけていく感覚だけがある。
「――諢壹°縺ェ縲ゆココ髢薙 蝎ィ縺ォ縺薙□繧上k縺九i螢翫l繧九 縺 」
脳髄の奥底で、あの冒涜的な神の声が響いた。
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暗闇の中で、鳴上は小さく息を吐いた。
(なるほど。サポーターの鉄則その三ですね。テントは骨組みがあるから折れるんです。柔らかく、環境に合わせて形を変えれば、いくら叩いても壊れない)
人間の器が脆いなら、もっと適した形にカスタマイズすればいい。純粋な悪意と復讐心を練り上げ、這い寄る混沌の意匠を組み込む。
荷物を詰め込む時、硬い箱に入り切らないなら、中身に合わせて袋を変えればいいのだ。
***
「ふぅむ。少し派手にやりすぎたか」
王城の廊下で、デルータは破壊された壁と床を眺めながら腕を組んでいた。修理費の請求書が頭をよぎるが、勇者を救ったのだから王家も文句は言わないだろう。
そう思って背を向けた瞬間だった。
ズルリ、と。
床にこびりついていた黒い染みが、突如として起き上がり、人間の背丈ほどに凝縮された。
「なっ……!?」
デルータが振り返った時には、それはすでに「人間」の姿を放棄していた。
黒い泥で形成された細身の人型をベースにしながらも、頭部はぬめりを帯びた海洋生物のそれに変異している。口元からは無数のタコの触手が蠢き、両腕の先もまた、無数の吸盤を備えた太く長い触手へと変貌していた。
まるで深海から這い上がってきた水棲の怪人。人間の名残をわずかに留めたその姿は、「完全な化け物」以上に、生理的な嫌悪感を激しく掻き立てる。
「お待たせしました」
口元の触手を震わせながら、デルータの脳内に直接、鳴上のとぼけた声が響いた。
「貴様……まだ生きていたのか! いや、もはや人の形すら保てぬか、邪悪なるものよ!」
デルータは再びゴールデンブレイカーを抜き放ち、太陽の炎を最大出力で燃え上がらせた。
「我が黄金の光で、今度こそ塵一つ残さず消滅させてくれる!」
極大の斬撃が、怪人へと放たれる。
しかし。
怪人の腕を構成する太い触手が、鞭のようにしなり、黄金の斬撃を側面から「絡め取った」。
「何……!?」
炎も、冷気も、触手の表面を覆う粘着性の黒い泥によって瞬時に消化されていく。カスタマイズされた混沌の器には、物理的な破壊も魔法のエネルギーも、ただの「餌」でしかなかったのだ。
「サポーターって、大きな荷物を運ぶ時は紐で縛るんですよ。バラバラにならないように」
鳴上の口元から伸びた無数の触手が、狂った蛇のようにデルータへと襲いかかった。
「おのれっ!」
デルータは剣を振り回し、迫り来る触手を次々と切り落としていく。だが、一本斬れば二本生え、切断面からはタコの墨のような黒い泥が噴き出してデルータの視界を奪う。
やがて、腕の太い触手がデルータの右足を絡め取った。吸盤が甲冑の表面に吸い付き、嫌な音を立てる。
「ぬおおおっ!?」
そのまま天地が逆転し、伝説の騎士は空中に吊るし上げられる。
さらに無数の触手が彼の右腕を、左腕を、そして首元を、幾重にも縛り上げていく。
「いくら立派な伝説の剣を持っていても、振るうための腕が動かなければ意味がありませんよね」
「き、貴様……我は黄金の騎士、こんな泥くれの触手に……!」
「規格外の備品は、無理やり折りたたんで収納するしかありません」
ギリギリギリッ!
触手と吸盤が、万力のような力で収縮を始めた。
ミスリルに黄金をコーティングした伝説の甲冑が、まるでアルミホイルのように嫌な音を立ててひしゃげていく。
「ガ、アアアアァッ!?」
内側にいるデルータの骨が砕ける音が、廊下に響き渡る。
「一、二、三……」
脳内に響く怪人の呑気なカウントダウンと共に、甲冑の隙間から大量の血が噴き出した。
「痛いですか? でも、僕がタルタロスで感じた痛みに比べれば、ただのマッサージみたいなものですよ」
「はな、せ……我は、伝説……」
「伝説なんて、嘘っぱちです。最後に残るのは、ただのぐしゃぐしゃの肉塊ですよ」
メチャァッ!!!
甲冑ごと、デルータの身体は完全に押し潰された。
黄金の騎士だったものは、中身を搾り取られたチューブのようにペラペラになり、触手からゴミのように放り出された。
伝説の終焉は、あまりにも呆気なく、そして惨たらしかった。
「さて」
人型のタコ怪人は、吸盤のついた触手をうねらせながら、グレンが逃げていった方角へと歩き出した。
「――最後だ」




