007 黄金の騎士
伝説の戦士という肩書きは、大抵の場合、広報担当者の努力の賜物である。民衆は分かりやすい正義を好むし、王国はそれに箔をつけるのが上手いからだ。
だが、『黄金の騎士』デルータに限って言えば、その肩書きは物理的な事実だった。太陽の力と月の力を兼ね備え、大剣『ゴールデンブレイカー』を振るう彼の前には、どんな巨悪も塵となって消え去ってきた。彼にとって世界は、光で照らすべき場所と、剣で斬るべき邪悪の二つにしか分かれていない。
そして、正義の味方というものは、いつも肝心な時に少しだけ遅れてやってくるが、今回はギリギリ間に合ったらしい。
「ひぃっ……! 来ないでくれ! 誰か、誰かァッ!」
王城の廊下。金銀財宝を詰め込んだ大きなトランクを引きずりながら、グレンは情けない悲鳴を上げて逃げ惑っていた。
その背後から、ペチャリ、ペチャリと、濡れた足音がついてくる。
「走ると危ないですよ、勇者様。荷物の中身が崩れちゃいますよ」
鳴上修だ。彼は左手にベティの生首を提灯のようにぶら下げ、右手にはブロムから奪った金属の義手を引きずりながら、楽しげに歩いていた。
仲間たちが次々と無惨に殺された報告を受け、グレンはついに王都から逃亡しようとしていたのだ。だが、逃げ出そうとした矢先に、この死神に追いつかれた。
「あ、あっちへ行け! 俺は魔王を倒した勇者だぞ! なんでこんな目に……!」
「王女様をレイプして殺しておいて、ずいぶんと被害者ぶりますね。サポーターの僕から見ても、その自己中心的なメンタルは感心します」
鳴上は義手を放り捨て、グレンの背中に向かって跳躍した。
その手がグレンの首元に伸びた、まさにその瞬間。
「そこまでだ、邪悪なる者よ!」
鼓膜を劈くような力強い一喝と共に、廊下の窓ガラスが外から蹴り破られた。
月明かりを背に受けて飛び込んできたのは、眩い黄金の甲冑に身を包んだ巨漢の騎士だった。彼の手には、太陽の炎を纏った巨大な剣が握られている。
「デ、デルータ殿!?」
尻餅をついたグレンが、歓喜の声を上げた。
「噂の『黒い怪物』とは貴様のことか。伝説の勇者を害そうとするその邪悪な魂、我がゴールデンブレイカーで浄化してくれる!」
「……誰ですか、あなた」
鳴上は首を傾げた。王城の警備兵にしては随分と派手だ。
「僕、今ちょっと忙しいんです」
「問答無用!」
デルータの動きは、その巨体に似合わず圧倒的に速かった。
踏み込みと同時に振るわれた大剣から、太陽の灼熱と月の絶対零度が混ざり合った、常軌を逸したエネルギーの斬撃が放たれる。
ズドォォォォンッ!
王城の分厚い石壁ごと、鳴上の身体が斜めに両断された。
「……おや」
鳴上の上半身が、ズルリと床に滑り落ちる。
いつものように断面から黒い泥が溢れ出し、肉体を再構築しようとした。だが、傷口に付着した太陽の炎が泥を蒸発させ、月の冷気が触手を根本から凍てつかせていく。
(なるほど。この人の力、僕の『泥』と相性が悪いみたいですね)
回復が追いつかない。人間の形を保とうとする器そのものが、相反する二つの極大エネルギーによって内側から崩壊を始めている。
「浄化されよ、怪物!」
デルータは容赦なく追撃を放った。十字に切り裂く黄金の閃光。
鳴上の肉体は、四肢をバラバラに分断され、床に散らばった。
「た、助かった……! デルータ殿、よくぞ来てくれた!」
グレンが涙目でデルータにすがりつく。
「安心されよ、勇者殿。この程度の怪物、我が光の敵ではない」
デルータの言う通り、鳴上の肉片はピクピクと痙攣しながら、徐々に黒い灰へと変わろうとしていた。
「どうやら……今回は、僕の手には負えないみたいですね」
床に転がった鳴上の頭部が、自嘲気味に呟く。
「残念だ……」
その言葉を最後に、鳴上の人間の肉体は完全に崩れ去り、ただの黒い染みとなって床にこびりついた。
「やった! あいつは死んだ! 俺は生き延びたんだ!」
グレンは狂喜乱舞し、トランクを抱え直した。
「デルータ殿、俺は少し王都を離れる! 後の処理は頼んだぞ!」
グレンは脱兎のごとく廊下の奥へと逃げ去っていった。
デルータは残された黒い染みを見下ろし、剣を鞘に収めた。伝説の騎士にとって、これもまた数ある武勇伝の、ほんの小さな一ページに過ぎなかった。




