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異世界管理局ハザマ ―転生勇者は処理対象です  作者: 理寿人
第12章 管理する者、壊す者、触る者

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第50話

 本部へ戻ったとき、照明はいつも通りだった。


 白い。

 均一。

 何も残さないための明るさだ。


 そのはずなのに、今夜は少しだけ目にうるさかった。


 報告室の扉を開ける。

 榊はもう座っていた。葛西もいる。真木は壁際の端末を開いていて、こっちを見るなり、少しだけ肩をすくめた。


「戻りました」


「座れ」

 榊が言う。


 ハザマは席についた。

 机の中央には、まだ何も投影されていない。問いから始める気らしい。


「地球側観測の追加報告」

 榊が言った。

「順番に話せ」


「はい」


 ハザマは短く息を整えた。


「地球側で、夢や創作の断片を拾って整理していた古い観測補助キャッシュを確認しました。広告配信施設の地下です。表向きは閉鎖済みですが、実際には生きていました」


「正式名称は」

 葛西がすぐに訊く。


「内部呼称は『干渉窓』です」


 その言葉が出た瞬間、部屋の空気が少しだけ変わった。


 葛西だけが、ほんのわずかに目を細める。

 榊は表情を動かさない。

 真木は端末の手を止めなかった。止めなかったのが、逆に聞いている証拠だった。


「どこで拾った」

 葛西が言う。


「現地端末です。観測補助形式と同じ階層にありました」


「形式が似ていたのか、同一なのか」


「現時点では、同一に近いと見ています」


 葛西は腕を組んだ。

「言い方に幅を残すな」


「残しているのではなく、証拠がそこまでです」

 ハザマは言った。

「ただ、少なくともアナーキー・コード側が独自に作った窓ではありません。管理局側の観測補助ログに似た形式が混ざっていました」


「続けろ」

 榊が言う。


 ハザマは、地下で見たものを順に話した。


 夢、怪談、創作、既視感、検索語。

 それらが語ごとに寄せられ、思い出しやすい形へ整えられていたこと。

 管理局が自然漏れを理解するために作った棚の上で、アナーキー・コードが断片を増幅し、意味づけしやすい形へ寄せていたこと。

 地球はただ受信しているのではなく、そこで意味になったものをまた返していること。


 途中で真木が壁面に補助資料を出した。

 塔、港、帰り道、間に合わなかった感じ、謝るより先に見せる――断片が静かに束ねられていく。


「ここ、少し整理します」

 真木が言う。

「そもそも異世界群は、物語みたいに浮いてる世界じゃない。管理局にとっては、現実世界の政策判断に使う観測インフラです」


 葛西が言う。

「そうだ。経済、気象、人口動態、感染症、資源配分。現実世界の意思決定は、シュミレーションによる並行世界群の観測結果で補正されている」


 真木が続ける。

「で、その中心にあるのが主観測系としての地球です。世界を存在させる核ではない。ただ、いちばん重く参照している基準面です」


「だから地球側の認識が汚れると困る」

 榊が言った。

「異世界側の予測だけじゃない。現実側の判断そのものが鈍る」


「その補助に使っていたのが干渉窓です」

 真木は壁面を指した。

「自然漏れを拾う。分類する。観測に使える形へ整える。ここまでは管理局の正規運用だった」


「正規運用は必要だ」

 葛西がすぐに言う。

「自然漏れを拾わなければ案件の事前検出はもっと遅れる。現実世界の意思決定精度も落ちる」


「そこは否定してません」

 真木は言った。

「ただ、アナーキーはその同じ窓に乗ってきた。拾われた断片を増幅して、読まれやすい形に寄せて、感情に定着させた。夢や創作や怪談を、観測の断片じゃなく、現実を汚すノイズに変えた」


「少ない介入で、長く深くずらす」

 ハザマが言う。


「ええ」

 真木は頷いた。

「強い個を送り込んで一夜で壊すより、その世界が自分で選んだように見える形で進路をずらすほうが、予測には効く。アデル案件もその実験の一つです」


 葛西が机を軽く叩く。

「だからといって、正規運用まで同じにするな。管理局は現実世界の安定を守るために使ってきた。アナーキーはその安定を壊すために使っている」


「目的は違います」

 真木は言った。

「でも窓は同じです」


「違法侵入と正規処理を一緒にするな」


「一緒とは言ってません」

 真木は端末から顔を上げる。

「ただ、同じ干渉窓に手をかけていた、とは言ってます」


 部屋が静かになる。


 榊はそのあいだ口を挟まなかった。

 散らさずに最後まで言わせるときの沈黙だった。


「問題はそこです」

 ハザマは言う。

「アナーキーだけを止めても、干渉窓がそのままなら、今度は別の名前の干渉が残る」


 言ってから、自分で少しだけ間を置いた。

 まだそこまで言い切るつもりはなかった。だが、口が先に出た。


 葛西が視線を向ける。

「何を言いたい」


 ハザマはすぐに返さなかった。


 榊が代わりに訊く。

「地下で、他に何を見た」


 ハザマは机の上の端末に、自分で抜いてきた断片ログを出した。

 完全なコピーではない。だが地下に何があったかを消せない程度の切れ端だ。


「観測者残留の保留照合です」


 壁面に、自分の認証欠片が浮かぶ。

 ユウト案件の一次検出ログ欠損。

 エリシア案件の参照切断時残留。

 アデル案件接続断絶後の観測ノイズ。

 その脇に、同じ薄い識別子が点る。


 HAZAMA/残留照合 保留


 葛西の視線がそこで止まった。

 榊は何も言わない。

 真木だけが、最初から知っていた顔で息を吐く。


「あなた自身も、干渉窓の側に引っかかっている」

 葛西が言う。


「そう見えます」


「ならなおさら現場から外すべきだ」


 その結論は早かった。

 だが葛西ならそう言う。


「まだです」

 榊が初めて口を開いた。

「外すのは、全部聞いてからだ」


 葛西は不満を隠さなかった。

 それでも黙る。


「さらに」

 ハザマは続けた。

「古い音声キャッシュが再生されました。ユウト案件で一度聞いた声に近い。アナーキー・コード側の中心に近い人物だと思います」


「内容は」

 榊が訊く。


 ハザマは少しだけ間を置いた。

 あの軽い声を、そのままこの部屋に置くのは少しだけ温度が違う。


「『そこまで降りちゃったんだ』」

 ハザマは言った。

「『その棚は、最初から君たちだけのものじゃないよ』」

 さらに一拍置く。

「『観測は支配の下書きだ。ようやく底まで来たんだね、ハザマ』」


 報告室の空気が冷える。


 葛西は、その言葉そのものより

 ハザマ個人が向こうに認識されていることを嫌った顔をした。


「狙われているな」

 葛西が言う。


「前からでは」

 真木が小さく言う。


「茶化すな」


「茶化してません」

 真木は言った。

「最悪ですね、って意味です」


 榊が視線だけで二人を止める。


「その声の主が、干渉窓の底を把握している」

 榊は言う。

「管理局以上に」


「その可能性が高いです」

 ハザマが答える。


 真木が壁面を切り替える。

 干渉窓。

 観測補助。

 意味づけ。

 増幅。

 誘導。

 その先に、細い灰色の線がいくつも伸びている。


「まだ推定ですけど」

 真木が言う。

「干渉窓のさらに下に、運用層があります。窓そのものじゃなく、窓をどう使うかを決めてる層です。管理局は観測のために触ってる。アナーキーは汚染のために触ってる」


「そこまで行けば、何が見える」

 榊が訊く。


「違法侵入の仕組みだけじゃないと思います」

 真木は言った。

「役職付与、参照切断、削除処理、その前段。要するに“誰が、どこまで人格や世界線に触っていいのか”って話に近づく」


 葛西が机を指で叩く。

「認めるわけにはいかない」


「まだ認める段階じゃないです」

 真木は言う。

「でも見なかったことにもできないでしょう」


「できる」


「できませんよ」

 真木は今度こそ少し砕けた口調で言った。

「異世界群は現実世界の観測インフラなんでしょう。なら、その補助窓が汚染されてる時点で、もう案件一件を閉じて終わりじゃないです」


 葛西は顔をしかめたが、怒鳴り返さない。

 それは葛西なりに、話の重さをわかっている証拠でもあった。


 榊が椅子に深く座り直す。

 机の上で手を組み、しばらく黙ってから言った。


「整理する」

 その声は平らだった。

「異世界群は現実世界の意思決定を支える観測インフラだ。地球はその主観測系。干渉窓は、その観測補助のための窓だった」


 誰も口を挟まない。


「アナーキー・コードは、その窓を使って地球側の認識を汚染している。夢や創作を増幅し、意味づけし、予測そのものを狂わせるために」


 榊はそこで一度だけ目を閉じ、また開く。


「一番まずいのは、違法侵入があることではない」

 榊は言った。

「違法侵入と正規運用が、同じ窓の上で起きていることだ」


 部屋が静かになる。


 ハザマはその言葉を聞きながら、胸の奥で何かが少しだけ遅れて沈むのを感じていた。


 アナーキーだけを排除すれば終わる話ではない。

 たぶん、もうそうだ。

 だが、それを今ここでそのまま言うと、たぶん一線を越える。


「ハザマ」

 榊が言う。


「はい」


「今日はここまでだ。報告ログは私と真木で閉じる。葛西は反対記録を残せ」


「残します」

 葛西が言う。

「かなり強く」


「それでいい」


 榊は立ち上がらない。

 会議もまだ完全には終わっていない。そういう姿勢だった。


「次は」

 榊が続ける。

「干渉窓のさらに深い運用層を探る。だが、案件処理の手続きで行く段階は過ぎている」


 その言い方が、はっきりした許可ではないのがよかった。

 まだ誰も、そこまで言い切れてはいない。


 人が動き始める。

 葛西は端末を持って先に出た。背中は硬いままだ。

 榊は残り、壁面の灰色の線を見ている。


 真木が端末を閉じて、机の上のカップを一つだけ押してきた。


「冷めましたけど」

 真木が言う。


「そうですね」


「今日は、そのくらいでちょうどいいかもしれません」


 ハザマは少しだけ口元をゆるめたが、結局カップには手をつけなかった。


「嫌ですね」

 真木が小さく言う。

「アナーキーだけなら、まだ気持ちよく怒れたんですけど」


「ええ」


「管理局も同じ窓に手をかけてた、は」


「気持ちよくはないですね」


「最悪ですね」

 真木は言った。

「かなり」


 その言い方だけが、少し救いだった。


 報告室を出る。

 本部の照明は相変わらず白い。

 だが今は、何も残さないための白さには見えなかった。むしろ、見たくないものまで均一に照らしてしまう明るさに思えた。


 アナーキー・コードだけを追っても足りない。

 管理局のもっと深いところにある、あの窓の下の構造まで行かなければならない。


 そこまで行ったとき、何を切ることになるのか。

 その先の言葉は、まだ喉の奥にとどまったままだった。

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