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異世界管理局ハザマ ―転生勇者は処理対象です  作者: 理寿人
第11章 地球接近

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第49話

 夜の地球は、昼よりも異常が見えやすかった。


 灯りが多いぶん、混ざるものがある。

 人が少ないぶん、立ち止まるものがある。

 駅前の大型ビジョンも、河川沿いの広告板も、昼より一瞬の乱れが長く感じられた。


 ハザマは観測区画へ戻らず、そのまま三つ目の発生点へ向かった。


 真木が送ってきた追加の座標は、街外れの古い通信施設だった。

 今は広告配信と小規模なデータ保管に使われていることになっている。夜間はほとんど人がいない。

 地図で見れば、何の変哲もない灰色の建物だった。


 入口脇の看板には、企業名が二つ並んでいた。

 広告配信。ログ保管。どちらも地球では珍しくない。

 だが外壁の配線だけが少し古い。新しい端子の下に、もっと前の規格の名残がある。貼り替えられた名前の下に、元の名前が透けて見えるみたいな壁だった。


 受付にいた警備員は、眠そうな顔で身分証を見た。

「夜間点検ですか」


「はい。参照ログの不整合が出ているので」

 ハザマは言った。

「短時間で終わります」


 警備員は端末を一度だけ見て、入館証を渡した。

 こういう場所は、言い方さえ合っていれば通る。


 中は静かだった。

 機械の低い音が絶えず続いている。天井は高く、床は無駄に広い。人のための場所ではなく、流れるもののための場所だとすぐにわかる。


 真木の案内どおり、地下へ降りる。


 最下層に近い区画で、鍵のかかった扉が一つだけあった。

 他の扉は普通の管理室なのに、そこだけ金属が古い。新しい施設の中で、そこだけが少しだけ時代から置いていかれている。


 認証盤に端末を近づける。

 真木が送ってきた仮鍵は、最初の二段階までは通った。


 三段階目で、表示が止まる。


 参照権限照合中


 その文言を見た瞬間、ハザマは少しだけ息を止めた。

 地球側の広告施設で出る言葉ではない。


「……見つけました」

 小さく言うと、端末の向こうで真木が答える。


『でしょうね。そこ、ただの配信倉じゃないです』

 通信は声だけだ。

『古い観測補助の地球側キャッシュです。管理局の形式にかなり近い』


「近い、では済まない気がします」


『たぶん済まない』

 真木は言った。

『中、開きますか』


「ええ」


 ハザマは、認証盤に自分の補助コードを重ねた。

 数秒後、最後の表示が切り替わる。


 残留照合 一致率 低/通行許可


 扉が開く。


 部屋は思ったより小さかった。

 中心に円形の卓が一つ。壁沿いに古い保管箱が並び、その上に薄いモニターが何枚も貼られている。

 どの画面にも、夢、短文、怪談、イラスト、地図、検索語、閲覧履歴の断片が流れていた。しかも、それらはただ並んでいるのではなく、近いものどうしで寄せられ、勝手に束ねられている。


 塔。

 港。

 帰り道。

 間に合わなかった感じ。

 謝るより先に見せる。

 赤い信号がない交差点。


 地球の言葉に変換された断片が、勝手に棚へ戻されていくみたいな画面だった。


「索引ですね」

 ハザマが言う。


『そう見える』

 真木の声が少しだけ低くなる。

『自然漏れを、地球側の認識で拾いやすい単位に整えてます。夢のまま流すんじゃなくて、物語、怪談、既視感、予感に分けて並べてる』


「誰のために」


『そこなんですよ』

 真木は言った。

『整理するだけならまだ観測補助で済む。でも、ここまで寄せてると話が違う』


 卓の上に、さらに古い端末が一つだけあった。

 画面は暗い。だが、触れるとすぐに灯る。


 最初に出たのは、管理局の観測補助で見慣れた並び方だった。

 参照群整理/受信面分類/語彙変換補助


 その下に、もっと新しいログが重なっている。


 推奨拡散/感情定着率/再想起補助


 管理局の整理用の棚に、誰かが別の用途の引き出しを無理やり増設したような画面だった。


「……同じ基盤を使っている」

 ハザマは言う。


『管理局は自然漏れを拾って観測補助に使ってた』

 真木が答える。

『で、アナーキーはそこに乗って、拾われた断片を“意味になりやすい形”へ寄せてる。受信面の兵器化ですね』


 ハザマは画面を流れるログを追った。

 無数の短文。夢の断片。投稿の題名。検索語。

 その一つ一つは人間が書いたものだ。

 だが、その上に「おすすめ」「再掲候補」「感情定着率上昇」みたいな印が勝手についていく。


 地球は受信しているだけではない。

 読まれやすい形に整えられ、思い出しやすい形に寄せられ、その意味をまた返されている。


 人の夢を使っている。

 創作を使っている。

 怪談を使っている。

 しかも、管理局が最初に作った棚の上で。


 卓の端に、別の表示が一つだけ点いていた。


 保留照合/観測者残留


 残留。


 ハザマは手を止めた。


 嫌な表示だった。

 見たくないとまでは思わない。だが、見ればどこかが繋がるとわかる種類の表示だ。


『……それ、開けないほうがいいと思います』

 真木が言った。

『なんとなく、ですけど』


「そうですね」


 言いながら、もう触れていた。


 画面が切り替わる。


 そこに出たのは、名前ではなかった。

 認証IDの欠片。欠落した参照線。観測案件の残響。

 そして、一つだけ見覚えのある並び。


 ユウト案件の一次検出ログ欠損。

 エリシア案件の参照切断時残留。

 アデル案件接続断絶後の観測ノイズ。

 その全部の脇に、同じ識別子が薄くついている。


 HAZAMA/残留照合 保留


 胸の奥が少しだけ冷える。


「私が」

 ハザマは言いかけて、やめた。

「これに触れている」


『たぶん最初からです』

 真木の声は慎重だったが、少しだけ柔らかかった。

『あなたが案件の外にいる観測者じゃなくなったの、ユウトの時点からかもしれません。削除後も残る違和感と、あなたの残留が、同じ棚に引っかかってる』


 ハザマは黙っていた。


『正直、あんまり嬉しくない当たり方ですね』

 真木が小さく言う。


 その言い方は、少し前の本部会議の真木よりも軽かった。

 事実を動かさないまま、温度だけを少し落としている。


 画面の端に、さらに古い記録が見えた。

 初期設計。

 地球側認識補助。

 主観測系受信ノイズ分類。

 管理局が最初に作ったのは、自然漏れを理解するための索引だったのだろう。


 そこへアナーキーは入った。

 理解するための棚を、汚すための棚に変えた。


 だが、最初に棚を作ったのは管理局だ。


「ここが地球側の受信面を整理していた」

 ハザマが言う。


『ええ』


「管理局は観測のために使い、アナーキーは増幅のために使った」


『そう見ていいと思います』

 真木が答える。

『目的は逆でも、土台が同じ、みたいな感じです。嫌ですね』


「目的は逆でも、使う手法は同じもの」


『はい』


 そのとき、卓の奥で小さな音がした。


 新しい通知音ではない。

 もっと古い、保存済みの記録が勝手に開くときの音だった。


 ハザマと真木が、同時にそちらを見る。


 薄い画面が一枚だけ灯る。

 ログの列ではない。音声キャッシュの再生窓だった。

 時刻印は削れていて読めない。発信元もない。


 数秒のノイズのあと、声がした。


「そこまで降りちゃったんだ」


 低くはない。

 静かで、妙に明るい響きがある。

 それなのに体温が薄い。


 ハザマの背中が、ほんの少しだけ強張る。


 勇者ユウトの案件、あの広場で一度だけ聞いた声に似ていた。

 あのときは通信の向こうで笑っていた。

 今はもっと近い。近いのに、手が届く感じがしない。


「その棚は、最初から君たちだけのものじゃないよ」

 声は続ける。

「観測は支配の下書きだ。ようやく底まで来たんだね、ハザマ」


 通信の向こうで、真木が息を止める気配があった。

 それから、小さく言う。


『……うわ、最悪だ』


 ハザマは答えなかった。


「でも少し遅い」

 声は言う。

「もう地球は、読んでるだけじゃない」


 そこで音は切れた。

 再生窓は自動で閉じ、何事もなかったみたいに暗くなる。


 部屋の機械音だけが戻る。


『今の……』

 真木が言いかける。


「ユウト案件で聞いた声に近いです」

 ハザマは短く答えた。

「同一かどうかまでは断定しません。でも、あちら側の中心に近い」


『アナーキー・コード側の中心が、この棚を把握してる』

 真木は言った。

『しかも、あなた個人まで見てる』


「ええ」


『いや、本当に嫌ですね。かなり』

 真木の声は低いが、二人きりの温度だった。

『つまり、向こうは棚の底も、管理局の癖も、たぶん知ってる』


「その可能性が高いです」


 部屋の奥で、保管箱の一つが自動で開き、中から紙の束が少しだけせり出す。


 ハザマはそちらへ歩いた。


 中に入っていたのは、地球側で拾われた断片の印字だった。

 夢。創作。検索。怪談。

 その束の下のほうに、一枚だけ異質なものが混じっている。


 文字ではなく、子どもの字のような筆圧で書かれていた。


 知らないのに、見てるほうの人がいる気がする。

 でもその人も、どこへ帰るのかわからない感じがした。


 ハザマは、それを長く見た。


 誰が書いたのかはわからない。

 ただ、その一文だけが、妙に近かった。


『ハザマさん』

 真木の声が少しだけ硬くなる。

『そこ、長くいないほうがいいです。たぶん向こうも棚の揺れに気づきます』


「向こう、というのは」


『アナーキーだけじゃありません』

 真木は言った。

『管理局側の深いところもです。こんなもの、正式には閉鎖済みのはずなんですよ。でも残ってる。残ってて、使われてる』


 閉鎖済みのはずなのに残っている。


 その言い方が、自分と、そして今までの案件ともつながってしまうように感じる。


 ハザマは印字束を箱へ戻した。

 最後に、卓のログを一枚だけ端末へ移す。完全なコピーではない。だが、今ここに何があったかは消えない程度の断片だ。


「戻ります」


『ええ。今はそれで十分です』

 真木が言った。

『全部持ち帰るのは無理でも、匂いだけあれば次に行けます』


「真木さん」


『はい』


「これは、アナーキーだけの問題ではないですね」


 通信の向こうで、真木は少しだけ黙った。

 それから答える。


『そうです。たぶん、もっと嫌な話です』

 少し間を置いて、続ける。

『管理局も、最初の構造を作った側ですから』


 扉を閉め、地下を出る。

 地上へ戻る途中、施設の廊下はさっきと同じ静けさだった。広告配信の倉庫として見れば、何も起きていない顔をしている。


 外へ出ると、夜風が少し強かった。

 川沿いの道を歩く。遠くに駅前ビジョンの光が見える。あの一瞬の乱れも、もう偶然には思えない。


 地球側の認識は、自然に漏れた断片をただ受け取っていたのではない。

 棚に乗せられ、整えられ、読まれやすくされ、その意味をまた返していた。


 そしてその棚には、ハザマ自身の残留まで引っかかっている。

 しかも、その底には、あの声が届いている。


 次に向かうべき場所が、少しだけはっきりした。


 アナーキー・コードだけを追っても足りない。

 管理局のもっと深いところにある、最初の構造まで行かなければならない。


 ハザマは立ち止まらずに歩いた。

 胸の奥には、恐れというより、遅れて届く嫌な理解があった。

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