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異世界管理局ハザマ ―転生勇者は処理対象です  作者: 理寿人
第11章 地球接近

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第48話

 真木から送られてきた地図は、地球の街区図にしては少し雑だった。


 駅前。

 河川沿い。

 古い商店街。

 雑居ビルの三階。

 赤い丸が三つ打ってある。


 一致率上昇の発生点、ここに寄っています。

 夢共有会、個人出版、短文投稿。

 誰かが拾って、広げている可能性あり。


 ハザマは端末を閉じ、河川沿いの道を歩いた。


 今日は風が弱い。

 水面の色も穏やかで、橋を渡る自転車の音がよく聞こえる。

 地球は、やはり普通の顔をしている。そういう場所ほど、異常は見えにくい。


 最初の赤丸は、小さな編集室だった。


 古いビルの二階。扉のガラスに、手書きで

「同人誌・小冊子・記録冊子 無地図編集室」

とある。中へ入ると、紙とインクと、少し古い暖房の匂いがした。棚には薄い冊子が並び、壁には投稿募集の紙が貼ってある。


 奥から、短い髪の女が出てきた。三十代くらい。袖をまくったシャツに、指先だけインクがついている。


「取材の方ですか」


「調査補助です」

 ハザマは用意された身分証を見せた。

「夢や創作の断片が、最近どう増えているかを見ています」


「調査補助ねぇ…」

 女は少しだけ考えてから頷いた。

「増えてますよ。変な増え方で」


 机を挟んで座る。

 女は自分の名を永瀬と言った。小冊子の編集と、投稿サイトのまとめを一人でやっているらしい。


「うちはもともと、変な夢の話が好きな人が集まるんです」

 永瀬は言う。

「知らない町を歩くとか、会ったことのない人の葬式に出るとか、そういうの。前はもっとばらばらでした」


「今は違う」


「ええ」

 彼女は頷いた。

「違う人が、違うところから、似た断片を持ってくる。しかも、似方がちょっと嫌な感じなんです」


 嫌。


 その言い方がよかった。

 不思議ではなく、綺麗でもなく、先に来るのが嫌。そこが今の地球側異常に近い。


 永瀬は机の引き出しから、二つの束を出した。


「これ、掲載前です。こっちが掲載後」


 前者は投稿原文。

 後者は、一週間後に集まった追加投稿のまとめだった。


 ハザマは順に目を通す。


 最初の投稿には、こうある。


 海の匂いがするのに海が見えない。

 塔が鳴っている気がする。

 でもどこへ帰ればいいかだけは、なぜかわかる。


 それだけだ。

 曖昧で、断片的で、まだどこへも定まっていない。


 だが掲載後に集まった投稿では、細部が増えていた。


 塔は風だけで鳴る。

 港の朝は白い。

 赤い信号がない交差点がある。

 中央広場から三本目の道を曲がると帰れる。


 元の投稿になかったものが、あとから足されている。


「真似では」

 ハザマが言う。


「最初はそう思いました」

 永瀬は言う。

「でも、投稿時間が変なんです。掲載の前にもう書かれてるものもある。下書きに残ってたり、別のところへ先に上がってたりする」


「掲載が原因ではない」


「完全には」

 永瀬は肩をすくめた。

「でも掲載すると増えるんです。輪郭がはっきりしたみたいに」


 輪郭。


 ハザマは、窓口で人の譲り方が少しずつ揃っていった街を思い出した。

 意味になったものは残る。

 残ったものは、人の行動を少しだけ揃える。


「他にもありますか」


「ありますよ」

 永瀬は苦笑した。

「これまた、嫌になるくらいね」


 次の束には、事故を思わせる短文が並んでいた。


 まだ起きていないのに、間に合わなかった感じだけ残る。

 謝るより先に見せないと、燃える。

 順番を一つ変えれば誰かが助かる気がする。


 どれも、普通の人が普通に見た夢としては、少し具体的すぎた。

 しかも、一つ二つではない。


「これ、最近多いんです」

 永瀬は言う。

「何かが起きる夢そのものより、“あと少しで間に合った感じ”だけが残るやつ。見た人はだいたい、朝から妙に疲れてる」


 ハザマは束を閉じた。


 アデルの顔が、一瞬だけ浮かぶ。

 遠い火が見えなくなることを恐れていた顔。


「サイトの管理画面、見せてもらえますか」

 ハザマが言う。


「いいですよ。大したものじゃないですけど」


 永瀬は古いノートパソコンを開いた。

 投稿履歴。閲覧数。流入元。何の変哲もない管理画面に見える。

 だが、ある時期から数字の伸び方が変わっていた。


「ここです」

 永瀬が指した。

「このへんから変なんです。普段なら十人、二十人読むくらいのやつが、急に何百と見られる。大手に拾われた感じでもないのに」


「どこから来ているんですか」


「それが、よくわからない」

 彼女は眉をひそめた。

「短時間だけ現れて消える参照元があるんです。広告でも検索でもない。名前も毎回違う」


 一覧を拡大する。

 文字列はばらばらだ。

 だが並び方に妙な規則があった。短い符号、数字、枝番号のようなもの。


 ハザマは、その形に見覚えがあった。

 本部で見る観測補助ログに、似ている。


「保存していますか」


「一応は」

 永瀬は言った。

「気持ち悪かったので」


 彼女は別フォルダを開いた。

 そこには短い画像キャッシュがいくつも残っていた。自動で拾われた一瞬の表示らしい。


 そのうちの一枚を見て、ハザマは少しだけ呼吸を止めた。


 塔だった。


 昼間、駅前の大型ビジョンに一瞬だけ混ざったあの形に近い。

 しかも投稿された絵をそのまま映した感じではない。投稿の複数断片から、勝手に整えられたような塔だった。


「これ、どこから」


「不明です」

 永瀬は首を振る。

「うちの画像キャッシュに一瞬だけ混じってた。広告配信の試験画像かと思ったんですけど、配信会社はそんな素材使ってないって」


 ハザマは画面を見たまま言う。

「誰かが、拾った断片を整えている」


「整えてる?」


「読まれやすい形に」

 ハザマは答えた。

「あるいは、思い出しやすい形に」


 永瀬は少し黙った。

 それから、小さく言う。


「私、最近たまに思うんです」

 彼女は画面を閉じた。

「投稿をまとめてるんじゃなくて、続きを作らされてるだけなんじゃないかって」


 その言い方が、妙に残った。


 編集室を出たあと、ハザマは二つ目の赤丸へ向かった。

 短文投稿が多く拾われる駅前の掲示板モニターだ。昼より人が多い。待ち合わせの学生、買い物帰りの親子、仕事を終えた会社員。


 モニターには普通の広告が流れている。

 化粧品。保険。旅行。

 何もおかしいところはない。


 だが、ハザマはしばらくその場を離れなかった。


 三分ほど経ったころ、画面が一瞬だけ乱れた。


 ほんの一秒にも満たない。

 色がずれて、広告の背景の奥に、石畳のようなものが見えた。続いて、塔の影。


 周囲のほとんどは気づかない。

 だが、隣にいた男子高校生が小さく言う。


「あ、帰り道のやつだ」


 友人が笑う。

「また見えたのかよ」


「なあ、今のは見えただろ」


「うーん……塔みたいなの?」


「そう、それそれ」


 彼らはそれで終わった。

 騒ぎにはならない。

 だが、誰も何も見ていないわけでもない。


 地球側の異常は、こういう場所まで滲み始めている。


 夜、観測区画へ戻ると、真木から追加のデータが届いていた。


 閲覧増加群の一部、外部誘導の痕跡あり。

 しかも参照形式が、観測補助ログと少し似ています。

 管理局の形式に近い。偶然だと嫌ですね。


 偶然だと嫌。


 真木らしい文だった。


 ハザマは椅子に座り、しばらく何も打たなかった。


 アナーキー・コードが地球側で断片を拾い、広げ、意味にしやすい形へ寄せている。

 それだけでも十分に嫌だ。

 だが、それをやる形式が管理局の観測補助と似ているなら、嫌という言葉では足りない。


 地球は、ただ受信しているのではない。

 受信したものを、人が読める形へ整えられ、読まれたものをまた返し始めている。


 そして、その整え方のどこかに、管理局側の匂いがある。


 窓の外には、夜の街が広がっていた。

 どこにでもある灯りだ。

 でも、そのどこかで今も、知らない街の帰り道だけを知っている人間が増えている。


 ハザマは端末を開き、短く記録した。


 受信のみではない。

 地球側で意味づけされた断片が、整えられて返されている。

 人為的な誘導の可能性、高い。


 少しだけ迷ってから、最後に一文を足した。


 形式の一部が、管理局側観測補助に似ている。


 送信する前、その一文を長く見た。

 嫌な予感は、だいたいこういう短さで来る。

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