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異世界管理局ハザマ ―転生勇者は処理対象です  作者: 理寿人
第4章 この朝を選ぶ男

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第18話

謎の紙片、そしてレオンに残る断片記憶。

少しだけ手札が増えてきた。


ハザマが最初にそれを渡したのは、やはり真木だった。


 現地の中継室は、宿屋の地下倉庫を偽装した小部屋にある。壁は石、机は木、灯りは油。だが、扉を閉めて端末を開けば、そこだけ管理局の薄い白へ切り替わる。


 ハザマはレオンの記述と、保全側から差し込まれた紙片を順にスキャンした。

 送信先は限定。真木のみ。

 数秒で返ってきたのは、短い三行だった。


《嫌な感じ、増した》

《三文字、対象の自発筆記に見える》

《紙片裏の転写痕と癖が近い》


 すぐに追加が来る。


《“主系列”は現行運用だと浮く》

《でも古い層管理資料には近縁語がある》

《つまり、内を知ってる外か、外へ漏れた内》


 ハザマはその文面を眺めたあと、榊と葛西を会議回線へ追加した。


 数秒遅れて、二人の映像が立ち上がる。

 榊は本部の監督室。葛西は無機質な監査室。背景だけで、立場の温度が違う。


「追加報告です」


 ハザマは紙片の内容を簡潔に読む。


「“保全対象への過接近を控えろ。未確定人格の崩壊は主系列の損失になる”」

「……ずいぶん後出しだな」


 葛西が言った。

 責める声ではない。責める必要すらないという声だ。


「現地接触後に確度が上がったためです」

「最初の時点で共有できた」

「ノイズの可能性もありました」

「だから監査は早期共有を求める」


 真木が横から口を挟む。


「責任論はあとでいい。こっちはいま解析の途中」


 彼女は補助画面を操作し、紙の裏面の極薄い転写痕を拡大した。


「見て。レオンの書いた三文字と、紙片の転写、筆圧の沈み方が少し似てる。完全一致じゃない。でも、“同じものをどこかで見た手”の癖がある」

「対象本人と保全側が同じ記号系を共有している可能性か」

 榊が問う。

「その言い方なら、いまは“可能性あり”」

 真木が答える。

「あと、“主系列”って言い方。これ、現場運用の人間はあまり使わない」


 葛西が眼鏡の位置を直した。


「では何だ」

「古い。少なくとも今の標準書式ではない。層管理がまだ雑だった頃の言い回しに近い」

「内部資料の漏洩か」

「あるいは、それを真似た外部」


 ハザマはそこまで聞いて言う。


「役人ふうの男も現地規格と微妙にずれていました。輪と携行片に異物感がある」

「接触したのか」

 葛西が即座に問う。

「対象とは接触しています」

「対象以外は」

「視認のみ」

「追跡は」

「限定的に」

「拡張判断だな」

「必要でした」


 葛西は何かを言いかけ、榊が先に口を開いた。


「その男の所属より先に、いまは対象の状態だ」


 画面が切り替わる。

 レオンの観測帯。死亡時刻。復帰時刻。周辺残留。

 真木がひとつの波形を拡大する。


「ここがさっきから悪い」

「何が」

 ハザマが聞く。

「未採用の死の残り方」


 真木は淡々と言う。


「工藤案件の“空白への参照”と少し似てる。でもこっちは、死ぬたびにごく薄く増える」

「蓄積か」

 榊が言う。

「たぶん。レオン本人に戻ってるんじゃなくて、朝のほうが少しずつ削れてる」

「……」

「次に死ねば、本人だけじゃ済まない可能性が出てきた」


 中継室が静かになる。


「どういう意味だ」

 葛西が問う。


 真木は一瞬だけ言葉を選んだ。


「いままでは“レオンだけが持ち越す”前提だった。でも残留帯の広がり方が悪い。次の反復で、周辺の誰かが部分的な持ち越しや既視感を持つかもしれない」

「局所リプレイの共有化?」

 ハザマが言う。

「そこまで綺麗じゃない。もっと半端で、気持ち悪い形」

「だが主観測系へのノイズは上がる」

 榊が静かにまとめる。

「はい」

 真木がうなずく。

「一人分の異常でなくなる」


 葛西が端末へ何かを打ち込み、即座に表示させる。


「では処理優先だ」

「短絡するな」

 榊が止める。

「ここで終了処理をかけて、残留帯がどう弾けるか読めていない」

「放置もできない」

「だから確保だ」


 その一言で、空気が変わる。


 ハザマは何も言わない。

 葛西だけが眉を寄せた。


「生存確保を優先?」

「そうだ」

 榊は平坦に答える。

「対象の次回死亡を防ぐ。保全側の接触経路も探る。その上で処理判断だ」

「住人接触は増える」

「だが広域ノイズ化よりはましだ」


 葛西の視線が、まっすぐハザマへ向く。


「特務官ハザマ。対象の死亡を防止しつつ、追加接触を継続。現場判断の自由幅は狭める。情報共有の遅延はこれ以上認めない」

「了解です」

「本当に?」

「はい」

「少しも不満そうに見えないな」

「あります」

「珍しい」

「業務上の不満は業務で処理します」


 真木が小さく笑った。


「その台詞、ちょっと好き」


 榊はそのやりとりを切って落とすように言う。


「ハザマ」

「はい」

「対象が今夜また死ぬ経路を絞れ」

「はい」

「それと、保全側が“未確定人格”と言った意味を拾え」

「了解です」

「工藤案件の残留とは混ぜるな」

「……努力します」

「努力では困る」

「では、混ぜないよう処理します」


 その一拍の遅れを、葛西は見逃さない。

 だが今は突っ込まない。案件のほうが先に動いている。


 会議回線が切れる直前、真木だけが個別に短文を送ってきた。


《三文字、断定はしない》

《でも“レオン”の音へ寄りすぎ》

《現地名が後付けの可能性、少しある》


 ハザマは表示を見て、すぐには消さなかった。


 後付け。

 保全対象。

 残しただけ。


 点の並び方が、少し嫌になってくる。


     *


 そのころレオンは、市場裏の石段にひとり座っていた。


 夜の市場は昼より静かだ。

 静かなぶん、残飯の匂いと濡れた麻袋の匂いが強い。昼の喧騒が剥がれたあとに残るのは、売れ残りと疲労と、明日のために見ないふりをするものばかりだ。


 レオンは自分の紙を折り直していた。

 黒い帯。白い線。妙な三文字。

 見返すたびに自分のものではない感じがするのに、他人のものとも言い切れない。


 ――おまえにしたのではない。残しただけだ。


 あの声が頭から離れない。


 残した。

 何を。

 誰を。

 今の自分をか。

 死ぬ前の自分をか。

 それとも、どこかで終わるはずだった何かを、ここへ無理やり留めているだけなのか。


 石段の下、水路の黒を見ていると、ふと、同じ朝を使う前の自分の輪郭が思い出せなくなる。借金はあった。仕事は重かった。ミレナの顔も、マルクの咳も、知っている。なのに、その全部を一回きりの流れとして生きていた感じだけが、少し薄い。


 自分は本当に、最初からレオン・グラーツだったのか。


 そこまで考えたとき、背後から足音がした。


 振り向かなくてもわかる。

 ハザマだ。


「またおまえか」

「はい」

「今夜はここかよ」

「死亡経路の近くなので」

「言い方」


 ハザマはレオンの二段上の石段に立つ。座らない。

 レオンはそれに気づいて、少しだけ嫌になる。この男は、自分と同じ高さへ来ることを意識的に避けている。距離の取り方が、いつも正確すぎる。


「おまえ、誰に報告した」

 レオンが言う。

「必要な相手に」

「必要じゃない相手は?」

「まだ」

「まだ、って便利だな」

「便利ではありません」


 レオンは紙を握る。


「俺をどうするつもりだ」

「今夜は死なせません」

「それで明日になったら」

「明日も必要なら止めます」

「ずっと?」

「止まるまで」


 レオンはそこで、笑うでも怒るでもなく、ただ疲れた顔になった。


「……最悪だな」

「よく言われます」

「今日は二回目だぞ」

「記録しますか」

「するな」


 そこで、通りの向こうからまた一つ、乾いた金属音がした。


 ハザマの視線が走る。

 レオンも同時に立ち上がる。


 今夜、もう動き始めている。

 保全側か、別の追手か、それともレオン自身の次の死か。


 ハザマは低く言った。


「今夜から、あなたの一回分をこちらが管理します」

「気持ち悪いこと言うな」

「言い方の問題ではありません」

「大ありだよ」


 それでもレオンは逃げなかった。

 逃げてもどうせ、もう自分ひとりの朝ではないと知ってしまったからだ。

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