第18話:理性の墓場、自由の接舷 「接舷(グラップリング)!!」
ボネットの咆哮が、火薬の爆ぜる音を突き抜けた。
『アン女王の復讐号』の舳先が、イギリス艦隊の旗艦『レヴァイアサン号』の巨大な脇腹に激突する。凄まじい衝撃と共に、海賊たちの投げる鉤縄が、近代的な白い船体に無数の爪を立てた。
甲板には、狂乱の祝祭が待っていた。
「さあ、ダンスの時間だぜ、野郎ども!」
ジョン・ラカムが二挺の拳銃を乱射しながら、マストからロープ一本で敵陣へと飛び込む。更紗の衣が火の粉を浴びて舞い、その華やかな軌跡を追うように、アン・ボニーが二振りのカトラスで敵の戦列を切り裂いていく。
「モーガンの犬ども! 規律に縛られて、死ぬのが怖いか!」
一方、リバタリアの入り江全体では、バーソロミュー・ロバーツの艦隊が「掟」に基づいた一糸乱れぬ連動を見せていた。
「右舷全門、斉射。……恐怖は不要だ。旋律に従え」
ロバーツのバイオリンが、死の雨を降らす合図となる。近代兵器の性能を、海賊たちの「死を恐れぬ団結」が凌駕し始めた瞬間だった。
混沌とする旗艦の甲板、その最奥。
黄金の装飾が施された舵輪の前で、ヘンリー・モーガンは一人、抜刀して待ち構えていた。
そこへ、黒髭の赤いコートを血に染めたボネットが、一歩、また一歩と歩み寄る。
「……身の程を知れ、地主の小僧」
モーガンは冷酷な笑みを浮かべた。その背後には、最新鋭のライフル銃を構えた親衛隊が並んでいる。
「お前たちが掲げるそのドクロの旗に、何の意味がある? 歴史は勝利者が書くものだ。明日になれば、貴様らはただの凶悪な犯罪者として絞首台に記録される」
「……確かに、私は本の中の英雄に憧れて海へ出ました」
ボネットは、傷ついた手で「キッドの秘密文書」を高く掲げた。
「ですが、この海図が示したのは、黄金ではなく『あなたの嘘』だった。モーガン、あなたが守ろうとしているのは秩序ではない。自分たちの汚職を隠すための、血塗られた沈黙だ」
「それが世界を回す『理性』だ。自由などという幻想では、腹は膨れん」
「いいえ」
ボネットは、懐から破れた「掟の書」を取り出し、その場で高く放り投げた。
舞い散る紙片。
「掟の最終条! 『我らは一人の王に跪かず、互いの自由のためにのみ命を懸ける』!」
ボネットの叫びを合図に、周囲の海賊たちが一斉に鬨の声を上げた。
モーガンが「理性」と呼ぶ支配は、自らの意思で死を受け入れた男たちの「情熱」の前に、その虚飾を剥がされていく。
「……撃て!!」
モーガンの命令で銃声が響く。
だが、その弾丸がボネットを貫くより早く、影から飛び出したアン・ボニーが親衛隊の陣を崩し、ラカムの放った煙幕が甲板を包み込んだ。
煙の中から現れたボネットの剣が、モーガンの胸元にある「国家の勲章」を真っ二つに切り裂いた。
「……これが、私たちが選んだ『結末』です」
ボネットの刃が、モーガンの喉元で止まる。
その時、島の地下から地響きのような音が鳴り響いた。
リバタリアの火薬庫に火を放ったのだ。
それは、重傷を負い、死を悟った黒髭が選んだ、最後の演出だった。
「……エドワード」
ボネットは、燃え上がるリバタリアの塔を見つめた。
そこには、ジョリー・ロジャーの下で笑いながら、新しい時代へと道を譲る「旧き神」の姿が見えた気がした。
「モーガン。あなたを殺しはしません。生きて、この『真実』が世界に広まるのを見届けなさい。……海賊が、歴史を終わらせる瞬間を」
リバタリアが崩落し、海面がオレンジ色に染まる中、ボネットは『復讐号』へと戻る。
史上最大の海賊蜂起は、今、伝説という名の「不滅の火」となって、世界中の港へと広がろうとしていた。
更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!




