第16話:聖域の黄昏と、沈黙の真実
その島は、インド洋の最果て、荒れ狂う暴風雨の壁を越えた先にあった。
霧が晴れた瞬間、スティード・ボネットが目にしたのは、楽園ではない。それは、文明を拒絶した者たちが築き上げた、「鉄と難破船の要塞」――リバタリアだった。
白砂のビーチには、歴戦の海賊たちが乗り捨てた数多の船が、まるで巨大なクジラの骨のように並んでいる。島の中央にそびえ立つ石造りの塔には、どの国のものとも違う旗が翻っていた。
「……ここが、私たちの墓場か。それとも、揺りかごか」
ボネットは呟いた。彼の横では、傷ついた黒髭が、部下たちに抱えられながら上陸を果たしていた。そのカリスマ的な威容は、死の淵にあってもなお、周囲を圧倒する威圧感を放っている。
リバタリアの広場には、すでに「伝説」たちが集結していた。
規律を重んじる冷徹な提督、バーソロミュー・ロバーツを筆頭に。
更紗の衣を翻し、酒瓶を抱えた伊達男、ジョン・ラカムと、その傍らで鋭い眼光を放つアン・ボニー。
そして、アジアの海を統べる女帝、鄭一嫂。
彼らは一様に、沈痛な面持ちでボネットが持ち帰った「キッドの遺したもの」を見つめていた。
ボネットが震える手でその文書を広げる。
「……金銀財宝の話ではありません。ここに記されているのは、イギリス王室、東インド会社、そしてモーガンが結んだ、密約の記録です」
ボネットの声が響く。
「彼らは海賊を『悪』として宣伝し、自分たちの不祥事や奴隷貿易の汚れ仕事を隠すために、私たちを利用し、そして今、口封じのためにこの島を消し去ろうとしています。……キッドは、この『世界の真実』を握っていたために消されたのです」
海賊たちの間に、氷のような沈黙が走った。
自分たちが戦ってきた「正義」や「文明」の正体が、ただの醜悪な汚職の塊であったという事実。
「ハッ……傑作じゃねえか」
ラカムが自嘲気味に笑った。「俺たちはドブネズミだと思ってたが、実際は、汚物を隠すための蓋だったってわけだ」
「ならば、選択肢は一つだ」
ロバーツが静かに剣を抜いた。その切っ先は、水平線の彼方を指している。
「蓋を壊され、汚物と共に沈むか。……それとも、世界そのものを震撼させる『掟』を示すか」
その時、島の監視台から、空を裂くような号笛が鳴り響いた。
水平線の向こう側。太陽の光を背負って現れたのは、モーガン率いる英国正規軍の超弩級艦隊だった。
一隻、また一隻――。
白い帆が水平線を埋め尽くし、最新鋭のライフル砲が陽光に輝く。その数は百を超え、海そのものが「文明」という名の壁となって押し寄せてくる。
「ボネット……」
黒髭が、血に濡れた手でボネットの肩を掴んだ。
「お前は、本の中で『騎士道』を学んだと言ったな。……なら見せてみろ。本物の伝説ってのは、どうやって終わらせるもんなのかを」
ボネットは、黒髭の赤いコートを深く羽織り直した。
臆病な地主の面影は、もうどこにもない。
彼は、絶望に凍りつく海賊たちを振り返り、腹の底から咆哮した。
「全艦、抜錨!! 私たちはここで消えはしない! 今日、歴史に刻むのは私たちの死ではなく、私たちの『意志』だ!!」
更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!




