神話の絵本
母親が1日家にいる時は、母親と共に時間を過ごす。
「ユーリアおいで。今日はこの本を読んであげましょうね。」
母親が一冊の本を手にし、幼女を膝に乗せる。
この国に伝わる神話の話だった。
古代アラルーシア大陸には混沌の時代があった。
人々が争い合い、魔獣達が殺し合い、殺戮が殺戮を呼ぶそんな時代が。
人や魔獣を唆し、無益な争いを生む邪神が、世界を暗躍していった。
そんな中、立ち上がったのは10人の人間と、5匹の魔獣とその眷属達であった。
邪神に立ち向かう勇者達は、謀に阻まれ、邪神の肉体を滅ぼした時に残ったモノは、8人の人間と5匹の魔獣だった。
残った者のうち5人は大陸を五等分に分け、それぞれが治める領地とし、平和な世となった。
魔獣は北の大地をゲンブ、西の大地をビャッコ、南の大地をスザク、東の大地をセイリュウ、中央にキリンが守護につき、人の統制は残された勇者の血族が治めた。
オブラートに包んであったが要約すれば、こういう話であった。
そして、本を読んだ母親は言葉を続けた。
「ユーリアいい。この本は本当にあったお話なのよ。この魔獣は神獣と崇められているの。
魔法使いのうち5人は王様になって、その子供たちが今もこの大陸を守っているのよ。」
「お母様。じゃあ悪い魔獣もどこかに封印されているの?」
「封印というよりも、存在を消しきれなかったというべきかしら、もうこの世界には彼の体は存在しないわ。だけれども魔石は封印してあるの。力が強すぎて壊すことができなかったのよ。」
3歳の娘に何を伝えるか迷いながらも、母親は答える。
「んー。魔石?」
「あ、そうね。ユーリアは魔石を知らなかったわね。魔獣が死ぬと、体から魔力の核となる魔石が取れるのよ。」
母親は手首につけている装飾品を見せている。
「これは赤い魔石。主に赤い色をした魔獣が持っているものよ。」
ルビーのような綺麗な石であった。
「ここから力を借りて、火を出したり出来るのよ。」
幼女はうむうむと頷くと、顔をパッとさせて母に尋ねた。
「ねえ、もしかして魔法使いも本当にいるの?
魔法もあるの?」
母親は「ええ、そうね。」というと、指先から少し火を出した。
幼女はすごいと喜び、興奮して母の膝から降り、猫を抱き上げる。
「ねえねえ、この猫ちゃんも魔獣なの?」
「ええ、その猫ちゃんも魔獣よ。」
母は猫をみてクスクスと笑う。
幼女にとって今日はとっても収穫がある日だった。
*
『クラウディア。神話なんてチビに話すのは早いだろ?』
「あら、そうかしら?あの子はもういろいろな事を理解し始めているわ。」
『まだ赤子と同じじゃないか。いろいろな所に歩き回って、ついて歩くこっちの身にもなれよ。』
「そうね。活発な子のようね。」
母親はクスクスと笑う。小さな幼女の後から、虎がこっそりとついて歩く姿を想像していだからだ。
それを感じ取ったのか、虎は機嫌を悪くする。
『護衛しろっていうからしているのに、なんなんだよ。』
「そう拗ねないで、ビャッコ。私はね、小さい頃から魔獣が怖くないって事を教えたいのよ。」
『魔獣は人間にとって脅威だろ?それと仲良くさせてどうしようっていうんだよ。』
母親は笑うのを止め、真面目な顔つきになる。
『あの子は半獣なのよ。魔獣の姿を象る事ができなくても、人間より多くの力を持つ。
私はその力を生かして、人と魔獣の間に立ってくれる子になって欲しい。』
母親の真剣な眼差しに虎は息を呑んだ。長い付き合いだが、こんな表情は初めて見たからだ。
『ゲンブやお前みたいにか…。スザク。』
「あら。久しぶりにそちらの名前で呼んでくれたのね…。でも今はクラウディアだから、その名では呼ばないでね。」
笑顔で圧力をかけられ、虎は身を縮めた。
幼女の母親に勝った事など一度もないからだ。
『分かった。』
「うふ、あの子が危ない事をしないように、ちゃんと見張ってて頂戴ね。猫さん。」
『その名で呼ぶなよ!俺だって好きで猫型でいるんじゃねえ。』
「でも、猫さんって撫でられてる時は、満更でもないじゃない。」
『うるさいな。そんな事はない。」
虎の意識が変わりつつある事を、幼女の母親は微笑ましく思っているのであった。