赤子の誕生
アラルーシア大陸の南の地シュペルノヴェイル。
魔獣や人間の軍勢を退け、718年の歴史を持つ大国だ。
その国に古くから治療院を営むクィントン家の長女として、一人の赤ん坊が生を受けた。
「あーあー。」
「本当、うちの子はよく喋るわね。寝返りも、もう少しね…」
赤子は足をバタバタとさせて、寝返りもあと少し勢いがつけば回れそうである。
「ビャッコ、ほら見てこの小さな手、可愛いでしょ?」
母親が赤子の手に触れると、白い虎がベットの中を覗き込む。
『これの何が可愛いいんだよ。理解出来ねえよ。』
虎はそういうと離れようとするが、赤子に洗礼を受ける。
「あ、あ、あー。」
急に機嫌が良くなり手遊びを始めた赤子が、臭い始めたのだ。
『クラウディア …俺は部屋から出る。』
「 あらあら、おしめ取り替えましょうねー。」
虎がため息をつきながら、部屋を出る。
『全く、あんな人の手を借りないと、何もできない赤子のどこが可愛いんだ?面倒でしかないだろう。』
ある日、いつものように母親と寝室に顔を出すと大泣きされた。
*
それから、あまり近寄らなくなったのだが、月日が経つと、赤子の母親が、言葉を話すようになってきたからと声をかけてきたため、寝室に入った
すると、また泣かれる。
「ガォー。めー。ニャンニャン。」
「ビャッコ、猫なら良いみたいよ。」
虎が猫の形をとると初めは驚いていたが、覚束ない足取りでこちらに来て笑顔を見せた。
「ニャンニャン。」
赤子は満面の笑みで猫姿の虎を撫で回す。
「良かったじゃない。虎の姿が怖かっただけなのねー。」
『…。』
「ほら、ニャンニャンを、もっといい子いい子してあげてー。」
「いいこ。いいこ。」
すっかり気に入られた虎は、それ以降、赤子の前では猫の姿をとるようになった。
覚束ない足取りで、色々なところに歩き回ろうとするので、猫の姿でついて回る。
「すっかり、ビャッコはうちの子に夢中ね…。」
『子供が大きくなったら、また殺り合えるんだろ?だからこのチビが成人するの待ってるだけだろ。』
「そういう約束だったわね…。」
母親はそういうと、赤子を抱き上げた。
「ビャッコ。うちの子をしばらくお願いね!そろそろまた仕事に復帰しなきゃなの。」
『俺がこのチビを護衛するのか?』
「貴方は私と決着をつけたいのでしょう?
この子が無事でないと、私はあなたと本気でやり合えないわよー!
まあ、いいじゃない。少しくらい面倒みたって。
ねー。ユーリア。」
母親は赤子を床にポンと置くと、ハイハイしながらビャッコ目掛けて進んでいく。
「ニャンニャン。」
ビャッコの事を抱きしめ、なでなでしてくる。ビャッコはため息を吐く。
『少しの間だけだからな…』
母親はニコリとして、虎は嫌々ながらも、その無邪気な笑顔から目を離せないのであった。
*
それから、虎の子守が始まり、月日が経った。
赤子はあっという間に3歳になり、その頭角を現したのだ。
幼女は3歳という歳で、優秀な子供であった。
本を読めるようになっていたのだ。
彼女は前世の記憶を残したまま、この世に生を受けていた。
その記憶とこの世界の差を埋めるべく、足掻いた結果だ。
虎はそんな事を知る由もなかった。
*
「んー。ここは日本じゃないのよね…。金髪が父親で赤髪が母親?その他カラフルな髪や目の色をした使用人が多数…。異国?」
言葉を覚え始めた幼女は、一人でぶつぶつ独り言をよく話していた。
「ユーリアどうしたの?」
いつも、独り言をぶつぶつ言っている姿を見て、心配そうな顔をするのは8つ上の兄ディオンだ。
「ねえ、今日は何の勉強をしているの?私も見たい!」
幼女は兄が学校の初等部から帰ってくると、兄の部屋にいき、勝手に勉強風景を眺めている。
「今日はね、計算の問題だよ。」
幼女の知識を得る元は、だいたい兄からである。
勝手に押しかけ、文字を習い、初等部の知識を得ていた。
母親も忙しい身で、よくいなくなる。
よく世話をしてくれる乳母から、この家の外の時事についての情報を仕入れ、ある程度聞くと飽きたらしい。
今度は、祖父の後に続いて治療院に入院する患者の話し相手になったりした。
入院する患者はお年寄りや、戦地で傷を負ったものなどだ。
『今日もよくやっている。あの小娘は…。』
幼女の後ろには、どこへ行くにも白い猫が1匹ついてくる。
『あまり、動かれると寝れないんだが…』
猫はそう文句を言いながらも、今日も誰からも悟られる事なく幼女の後からついていく…。




