白狼と幼女
その日事件が起きた。
母親がいつも白い子犬を連れてくる年配の男と話し込んでいるときに、子犬とお昼寝をしていた幼女の足を、子犬が噛んでしまったのだ。
痛みに飛び起きた幼女が、子犬を見れば、大きさが大きくなっている。
ベットからはみ出る程の大きさになった犬を見つめると、どうやら眠っている。寝ぼけて噛まれたらしい。
幼女の声を聞きつけた、母親と猫、男が血相を変えて部屋に入ってきた。
「ユーリア!?どうしたの。」
寝ぼけている目を擦り、幼女は答える。
「あのね。痛くて起きたら、子犬がおっきくなったの。このモフモフ感たまらない…」
幼女は痛みに泣くこともせず、犬をモフモフと頬擦りをしながら撫でている。
その様子を見た母親が腹を抱えて笑い出し、父を呼んでくるからと男を連れて部屋から出て行った。
「ねえねえ、ワイドくんどうしてこんなに急に大きくなったのさー。」
「んー。おはようユーリア。」
急にどこからか声がする。部屋には人などいないはずだ。
「どうかしたのユーリア?」
幼女が声のした方を見れば、犬が話しかけてきている。
「ワイドっちどうしたー!話せるの?」
犬は首をぶるぶるっとさせ、少し身を起こすと、教えてくれる。
「成長すれば、人とも話ができるようになるんだって…あれ、僕おっきくなったー!」
犬はベットから飛び降り、元気にベットの周りを走り始めた。
慌ててかけつけた父親と、笑いながら様子を見る母親に顔が青ざめた男。3人が部屋に入ってきたときには、幼女は大きな犬にまたがり遊んでいるときだった。
父親は幼女の怪我を治して、部屋から出て行く。
「クラウディア、笑ってないで、その犬もきちんとしてけてよ。ユーリアが笑ってるからいいけど、僕の大事な娘を傷つけたのは間違い無いんだからね。」
「お父様ユーリアがしつけする!お庭に行こうワイドー!」
父親の後を追って庭へ出ようとすると、笑いの止まらない母親は幼女に聞いた。
「ワイド?その子に名前をつけたの?」
「だって急に大きくなったし、白い犬だからワイドなのー!」
「言ってる意味は分からないけど、ユーリア少しお話があるからこっちにおいで。」
男と犬は先に庭に行っていると言うことなので、幼女は母親に抱き上げられ、ベットの縁に座らされる。
「いい?ユーリアの血は特殊なの。ママの半分とはいえ魔獣にすごい力を与えてしまうわ。
ワイドが子犬から急に大きくなったでしょ。」
幼女はうんと頷き、母親の真剣な顔を見る。
「ユーリアはいろんな物から狙われるわ。もう少し大きくなったら自分を守る方法を、少しずつ教えてあげるからね。」
幼女は母親に抱きしめられ、自分が特殊な事を知った。
*
母親が見守る中、幼女は庭へと出た。
庭にはしゅんとなってしまった大きな犬と、表情の暗い男がいた。
「ユーリア様この度は誠に申し訳ありませんでした。寝ぼけてとは言え、おみ足に噛み付くなど…」
男にが片膝をついて幼女に謝っている。
「ウルトその件はもういい、こちらも名を与えてしまったようだし、おあいこだ。ユーリアの遊びに付き合ってやれ!」
「はっ。」
母親が男に一言言うと、二人は庭にある椅子へと座り、幼女は小さなお菓子を手に大きな白い狼にしつけていく。
「いい、ワイドおすわりって言ったらおすわりするの。」
「おすわり?」
幼女がしゃがんでみせるともおすわりの体制をとる。
「よし、お菓子食べていいよ。」
ユーリアはお菓子を手のひらに出して白狼に食べさせる。
そこからおて、おかわり、ふせ、待てを教える。
「ワイド、ステイだよ…まだ、ステイ。よしっ!」
白狼の知能は高いのかほぼ一発で言う事を聞いてくれる。
幼女がよしよしと撫でてやると、白狼が尻尾を振りながらじゃれつく。
「ワイドはいい子だねー!ちゃんと私の言う事を聞くんだよ!」
「はい!」
白狼が幼女の顔を舐めていると急にボスッとモフモフとした感覚がなくなる。
撫でている毛はサラサラヘアだ。
「きゃー!」
幼女が急いで離れると人型に変形した白狼に抱き上げられる。
「ユーリア様、もっと撫で撫でしてください。」
3歳児に頬をすり寄せる青年の、危険な絵になったところで、血相を変えた男によって引き離される。
「ワイド!人型でユーリア様に近寄るな!」
「人型?」
白狼もまた自覚がなかったようで、自分の姿を見る。
そこに笑いながらきた母親が、男から幼女を預かり、説明してくれる。
「ユーリアの血を舐めて急に成長したのだ。自覚がなくてもおかしくない。
ある程度の魔力がある者は人型になれるのだ。
ウルトもそうだ。
ウルト今日のところは帰れ…こんな姿エルノが見たら出禁だぞ。」
男は白狼を叱り付け、元の犬の姿に戻らせる。
「度々のご無礼を重ね重ね申し訳ありません。
クラウディア様、ユーリア様、細かいところをしつけるまでは倅はここへは連れてきませんので、ご安心を。では、失礼いたします。」
深々と頭を下げた後、白狼を連れて早々に門から出て行った。
「ユーリア、ウルトも本当は犬の姿をしているのだぞ。まあ本当は狼だが、あまり変わらんからそこはいいだろう。
お前はワイドに名を授けた。これからも関わりができるだろうから覚悟しておけー?」
「嫌だ?モフモフワイドはいいけど、人間のワイドは知らない!」
むすっとした顔の幼女の頬を突くと、母親は屋敷の中へと入っていくのであった。
*
部屋に入ると母親は、魔獣についての知識は教えた。
魔獣はそれぞれ縄張りを持ちそこで暮らす。
人間たちとも自然と距離を置き、それぞれ犯すことのないラインが存在している。
人を襲う魔獣は大抵知能の低い者で、死ねば同じく魔石が取れる。
色付きの魔獣は知能が高い魔獣が従えている事が多く、危害を加えられない限りは狩らない方がいい。
知能が高い故に厄介なのだそうだ。
そして、血を与え名をつけるという行為は、自分の眷属にする行為に等しい事らしい。
だから今後は簡単に血をあげないこと、名前をつけないことを約束させられた。
3歳児にどこまで伝わるか不安そうだが、幼女には伝わっていた。
20代の思考能力があるからだ。
幼女は今日の一件で魔獣とは一定の距離だという事を学んだ。
訪れる度に人型になる白狼に母親が火魔法で囲って躾けるようになったのは、追々の事だ。
魔獣には力を示して、従えたほうがいいらしい。
*
『クラウディア、あの犬ころ、魔石に変えなくて本当に良かったのか?お前の娘の足を噛んだんだぞ?』
「ん。何も分からずにお互い血の契約をしてしまったのだから、いいのよ。
ビャッコも娘の心配をしてくれるようになったのね。びっくりしたわよ。」
『心配などしていない。ただあの絵面が気に食わなかったんだよ。お前もそうだろ?3歳児に裸の男がひっついてるんだそ!』
テディは白狼が噛み付いたところまでは、我慢していたのだが、人型で幼女に抱きついた時は、実は怒鳴っていたのだ。
「あのワイドっていう狼だって、まだまだ子供なのよ?仕方がないわ。」
『気にくわない。』
虎は幼女が眠る姿を見つめて、首を横に振るのであった。




