第五十話 災厄の登場
神田明神の真上の雲がいびつに動きを変え始めた。
その周りの空間だけに、ぐるぐると風が起こっているように、暗い雲が回り始める。
日はかたむき、あたりを暗闇が包み始める頃、石畳がふつふつと黒く淀み始めた。
相良、黒崎、鬼頭は前に立ち、あとの隊士たちはその後ろに横並びになる。
「下から来ますね」
黒崎は、淀む石畳を凝視した。
ふいに、ぬっと骨ばった手のようなものが地面からはいでてくる。
「いよいよ始まるか」
「過去に封印されていた者たちが、溢れ出てくる可能性がある」
黒崎の言葉に、相良は清雅と高岡にこちらに来るよう合図を送った。
「何が来るかわかるのですか?」
鬼頭は汗を手のひらで拭う。
「妖はもちろんだが、負の心、過去の災厄、病、災害の種となるもの」
―― オォオオン
―― オオオォオオン
地響きのような音とともに、石畳が黒いマグマのようにボコボコと音を鳴らし始めた。
白い髪を振り乱した醜い老女に、鬼の面をかぶった大男。鎧武者に、首から上が骸骨となりはてた者まで、まさしく魑魅魍魎の類が噴き出てきた。
清雅は思わず一歩退いた。
(普通の刀で斬れるものと、そうでないものがいる)
『主もわかるようになったの!』
九曜が嬉しそうに叫ぶ。
「弱い妖は隊士たちが、大きいものは隊長と近衛、高岡が対応!
神田明神から一歩も出すな」
黒崎は叫ぶと、鬼の面をかぶった大男の元へ走り寄った。
清雅は九曜を抜き放ち、老女の前に立ちはだかった。
「お前と話がしたい」
清雅は、一ノ瀬と活動写真を見に行った際に出会った、落武者との戦いを思い出していた。
(斬るだけではない。"呪"の本質を見極め、元ある場所へ還す)
『主は陰陽師の血をひく者。その血で妖を封じ込める。それが主の戦い方じゃ』
老女の目が清雅を見る。
『話させるか小僧。
この恨みに満ちた世が、どれほど腐っているかを
話させるか』
清雅は気づいた。
(これは姿は老女だが、本当は違う)
一方、鬼頭は第五隊に陣形をくませていた。
扇のように左右に隊士を分ける。
「中央を薄くし、そこへ妖どもを誘い込め」
何も考えぬ妖どもは、まんまと中央へ群れとなって誘い込まれる。
そこを左右から挟み撃ちにし攻撃を加える。
「弱いものであれば、我らが集団でかかれば容易」
相良は鳳焔を抜き放ち、馬上の武者と激しく打ち合っていた。
実態のない武者の刃を、正面から受ける。
―― 妖であろうと斬れる。
"呪”とは、信じる力によって打ち砕くことができる。
相良の剣は、名刀の持つ力以上に、己の力を引き出すものとなっていた。
武者の振り下ろす太刀を真っ二つに斬り、同時に武者の兜から胴体まで二つに斬り倒した。
「圧巻!」
不意に湧き出る妖たちの後ろ、朱漆塗の社殿の前から高い声がする。
「あんたが相良隊長だね。一目でわかる」
高下駄のコツコツとした足音。
紫色の水干を翻し、太刀を右手に持つ十五、六歳の男。
「己を信じる力が強い者ほど、強大な"呪”を打ち負かすことができる」
にやりと口元が歪む。
「まさしく、あんたのことだ。相良隊長」
相良は武者を斬った姿勢のまま、その男を見つめた。
「だれだ、お前?」
「私は遮那。
あんたを殺れば、警察隊は終わる。さすれば、江戸も我らのもの」
相良は刀を下げたまま姿勢を戻した。
首をかすかに傾け遮那を睨んだ。
「で、江戸を手に入れて、何をするつもりだ?」
ギラリと濃い目が、遮那に圧となって降り注ぐ。
「そんなの決まってる。弱い人間を抹殺して、強い者と妖の国にする。
共存し、他国の侵入を許さない。
この国は、今までそうやって生きてきた」
そう言うと、にわかに色目きたった自分を抑えるように乾いた唇を舐めた。
「力を、弱い者のために使えぬなど、猿の時代に逆戻りだな」
相良は興味なさげに顔を背けると、下から這い出てこようともがく、赤い目の何かに目をやった。
「強気でいられるのも今のうち、こいつが出てきたら、あんたも終わりだ」
遮那は口元を手でおさえた。
そして、わざと、相手に動揺を与えるように、大袈裟に笑って見せた。




