第四十九話 覚悟
新月を迎える日の朝。
隊士たちは、通常の黒の羽織袴に袖口を絞り手甲をあて、袖を白いたすきで背中で括りあげていた。
黒の脚絆で、袴のすそを絞った戦いの装いは、物々しさを醸し出す。
一ノ瀬と世話役の女たちは、火打ち石と火打ち金を打ち合わせ、火花を起こす。
戦いに向かう者たちの後ろから右肩口に向かって切火を行った。
清雅の横で一ノ瀬が切火を行う。
一言も話さないが、目は清雅を真っ直ぐみつめていた。
「ありがとうございます」
軽く一礼し、戸口に向かう。
(一ノ瀬さんの分まで、存分に職務を真っ当せねば)
清雅は空を見上げた。
秋晴れが美しく、これから江戸で起こるであろう大事が絵空事のように思える。
相良を先頭に、第一隊、第二隊、第五隊は隊列を組み、神田明神へ向かった。
最後尾に黒崎と鬼頭がつく。
それぞれの隊は十名程度であるため、数にして三十名程度。
「近衛、まるで戦に向かうようだ。行ったことないけど」
高岡は体を震わせた。
「必ず生きて帰ろう」
清雅は高岡の目を見て頷いた。
神田明神に着くと、早々に警察隊は茶屋や楊弓場などを見廻り避難をよびかけた。
隊士たちは号令を待ち、周辺で見張りを行う。
昼九つ半(午後1時)、江戸が最も活気に色づく頃、相良は鬼頭と黒崎を呼び
「昼飯にしよう」と、その場にどかりと座った。
「飯を食う気にはなれませんが、決戦にはまだ時間がありそうですね」
鬼頭は空を見上げた。
事態が急変すれば、いつでも駆けつけられる場所にいる。
「にぎりめしを配ってくれ」
第一隊の隊士たちが、相良の命令で一斉に立ち上がる。
「相良隊長は用意周到ですな」
黒崎はほれぼれと見やった。
「近衛ー!お前のにぎりめしだけ、名前が書いてあったぞ」
第一隊の先輩が、直接清雅ににぎりめしを手渡した。
「え?なぜでしょう……」
言って受け取ると、そこには
(きよまさくん)
デカデカと、しっかりと、紙が貼られている。
「それ、多分、一ノ瀬隊長の字だから」
先輩隊士は、ちょっと引き気味に小さな声で付け加えた。
「しかも、このにぎりめし、異様に大きい」
清雅は周りの隊士たちの、おにぎりを盗み見る。
皆、片手におさまる程度のにぎりめしを、もう片方の手で茶を飲みながら食べている。
一方、こちらのにぎりめしといえば、両手で持ってもあまりある。
『あやつ、感覚がバグっておるな』
「戦の前に、こんなに食べる人、一ノ瀬さんくらいだろ……」
清雅は規格外のおにぎりを、他の人に見られないよう木の影に隠れて食べた。
秋の日差しは外で見張りを行っている隊士たちを、優しく包み込む。
影は少しずつ長さを広げ、刻一刻と時が刻むのを知らせる。
「どのように、戦いが幕をあけるのだろうか」
高岡の指先がこわばっていた。
肩だけでなく、全身に力が入っているようだ。
「今から緊張していたら持ちませんよ」
清雅は高岡を気遣う。
と、その時。
相良が広場の中心に立った。
扇を空にむかい掲げる。
低く謡を口ずさみ、足をすり、姿勢を低くする。
突然のことで、何が起こったかと思わず皆が相良を見た。
舞を踊っているのだ。
―― トン
静まり返った空間に、なぜか清らかに聞こえる足で地を打つ音。
扇が風を切る。
長くなった影と、赤く色づき始める空が相良の姿を浮き上がらせる。
周りの木々がまるで音を奏でるように風にゆらめいた。
―― タン!
続いて空気を震わせる小鼓の響き。
しかし、小鼓をうつものはいない。
木の影から黒崎が両手を耳の横に掲げ、手を打っていた。
―― タタン!
清雅は相良と黒崎を見た。
心が、空と風と一体になったような心地になる。
さっきまで、全身に力が入っていた高岡が、いつの間にか扇の動きを追っている。
鬼頭も、刀に添えていた手を離していた。
隊士たちも、息を吸うのを忘れているようだ。
相良の舞は、美しく、雄々しく、幻と見まごうほど。
しかし、どこか腹の底から自然と力が震え起こる。
一挙一動、その指先までさえも意味があり、力があり、心がある。
その場にいた隊士たち全てが、時をとめてその心を味わった。




