第四十六話 遮那との戦い
「あんた、名はなんと言う?」
名前を聞かれて一ノ瀬は眉をひそめたが、源平合戦の真似事かと思い、答えない。
「私は遮那。覚えておくといい」
言うと、遮那は高下駄を履いているとは思えないスピードで右側へ走る。
手に握る太刀は、武士のそれとは違い、太く鎧をも切り裂く威力を持つ。
一ノ瀬は身を低くした状態で、後を追う。
遮那は素早く土塀に飛び乗った。
一ノ瀬より数段上から攻撃をするためだろう。
鬼頭はその俊敏な動きを目で追い、助け立ちする頃合いを推し量る。
鬼頭は、他の隊の人間とは違い、集団攻撃を念頭におく戦い方をする。
「速すぎて、加わる隙がない」
しかし、二人の間には割って入れず、見守りに徹していた。
―― カンカンカン
高下駄を打ち鳴らす音が響き渡った。
上部からの攻撃が来る。
しかし、遮那が上から一ノ瀬に太刀を振り下ろすより早く、一ノ瀬は壁を足場に遮那の後ろへ一気にに上り詰めた。
背後をとられた遮那は、左手をまっすぐ一ノ瀬に突き出した。
「一ノ瀬!術が出る!」
黒崎のとっさの一言に、一ノ瀬は瞬時に身を屈める。
その上を、蝶の群れらしきものが鋭い速さで通り過ぎた。
「危ない危ない。
飛び道具も使うなんて予想外」
言いながら一ノ瀬は、その一瞬で間合いを詰め刀を翻した。
その打ち込みを、遮那は体制を崩しながら太刀で受け止め、すぐさま、さらに上の屋根瓦へと身を翻した。
「やっと喋ってくれた。あんた、本当に強いね。
で、名をなんと言う?」
不安定な高下駄と足場をもろともしない、十五、六の若武者の顔に、奇異の目がはりついていた。
一ノ瀬は上を睨んだまま答えなかった。
術者に名をなのるほど愚かではない。
「お前、見た目はおなごのようだな」
遮那は一ノ瀬を見て唇を歪めた。
「しかし、速さと力が桁違い」
カンカンと下駄で足元の瓦を崩し始めた。
「あやかし連合においでよ」
その場にいた全員が遮那を見た。
誘っているのだ。一ノ瀬を。
一ノ瀬はわずかに刀をおろし、遮那を見上げた。
「うぅーん」
急に一ノ瀬の表情がいつものものとなり、小首をかしげ目を細める。
「それは無理かなぁ」
言って、にっこりと笑った。
「今の仕事、気に入ってるんだ」
「へえぇ」
遮那の目が冷たく光った。
下を見下ろすように、顎を軽く上にあげ、わずかに片足を上げる。
「じゃあ、死んでくれ」
言うと、砕いた瓦を下駄で一ノ瀬めがけて弾き飛ばした。
一ノ瀬は刃を一閃させてそれらを撃ち払い、自分も屋根瓦へと飛ぶ。
が、瓦の一部が頬をかすめ視界を遮った。
足がわずかに屋根瓦へ届かない。
そのまま落ちる!
「一ノ瀬さん!!」
思わず叫ぶ清雅の声を、遮那は嬉しそうに聞きながら太刀を上へと掲げた。
―― ガクン!
遮那の体が下に引っ張られた。
屋根瓦へ届かなかった一ノ瀬が、遮那の足元……紐で絞り上げた野袴をぐいっと掴んだのだ。
「えぇ??」
たまらず遮那の口から、子供のような悲鳴がもれた。
バランスを崩した二人は、そのまま下の庭へと落ちていく。
「一ノ瀬隊長!」
鬼頭は想像もしなかった出来事に、その場に走り寄った。
清雅も鬼頭に続く。
塀を乗り越えた清雅と鬼頭は、うつ伏せになり庭に突っ伏している遮那と、その上に馬乗りになり、遮那の首に刀をつきつけている一ノ瀬を見つけた。
「一ノ瀬隊長、お見事です」
額に汗を滲ませた鬼頭は、ため息混じりに言葉を吐き出した。
後から追いついた高木と丸山は、誇らしげに顔を見合わせた。
「降りてくれよ」
話す言葉は子供のようだ。
しかし、剣捌きや術などから、年齢はもっと上のはず。
一ノ瀬に上から乗られた遮那は、両手を放り出し、降参の合図をしている。
「両手を縛っておいた方がいい」
黒崎が言ったため、丸山が紐を用いて硬く縛り上げた。
「お前たちさ」
遮那は一人一人の目を順番に見る。
そして、一ノ瀬の顔をじっくり見やった。
『絶対、殺すからな』
次の言葉は頭に直接響いた。




