第四十三話 相良と一ノ瀬
部屋を出て、清雅と高岡は沈んだ心持ちで廊下を歩いていた。
頭の中には、相良の体調の不安が渦巻いている。
高岡が急に立ち止まる。
「相良隊長、もし、めちゃくちゃ悪い病気だったら……」
涙目になった。
「え……そういう心配はしてないけど、高岡さんて、ものすごく暗い性格なんですね」
高岡は清雅をにらみつける。
「お前ー。最近俺のこと、下に見てるだろ」
「どういう意味?」
二人の背後に一ノ瀬が立っていた。
顔に笑顔がない。
「な……なんでもないです」
高岡がすぐに嘘ぶく。
「相良さんに、何かあったの?」
一ノ瀬は清雅を見た。
三人が廊下で立ち止まっているところへ、相良の部屋から出てきた鬼頭と黒崎が後ろから現れた。
一ノ瀬の顔を見るなり、黒崎の目の色が変わり、一ノ瀬の襟元を掴み上げる。
「よくそんな馬鹿な顔して、ふらふらと私の前を歩けるな!」
「やめてください。一ノ瀬さんは何も悪くありません」
清雅は黒崎の腕を両手でつかんだ。
「内部での争いは、敵の思う壺ぞ」
鬼頭は黒崎の肩をおさえた。
「相良さんに何があったの?」
一ノ瀬は黒崎の手を払いのけると襟元をただし、鬼頭が持つ五芒星が書かれた地図に視線をやった。
「あぁ。やはり、そういう事だったんだ」
一ノ瀬の言葉に、黒崎の目が光った。
「今度、言葉を発すると、貴様を斬る」
「やれるものなら、やってみればいい。
黒崎くんより、僕の方が剣の腕が立つ」
一ノ瀬の目に、まわりの空気が一変するほどの鋭い殺意が宿った。
「この二人だけは、本気で斬り合いになりかねない」
鬼頭は二人の間に入り、「やはりとは、どういうことですか?」と一ノ瀬に尋ねた。
「この間、満月だったでしょ。そして、新月を迎える」
そこで小首をかしげる。
「妖を使った何かをするとしたら、そこかなって思って」
満月から新月まで十五日ほどだ。
黒崎が唇を噛み切るのではないかと思うくらい、歯をくいしばる音がした。
「今、五芒星の印を見て、あと一箇所で完成するんだなって思ったんだ」
……つまり」
そこで一ノ瀬は言葉を切った。
視線を相良の部屋にうつし、眉をひそめる。
「つまり?」
鬼頭が一ノ瀬をうながす。
「新月の夜までのあと数日の間に、最後の一箇所に妖が現れる」
「なるほど、次に妖が出るおおよその日にちの目処がつきますね」
そして、五芒星の中心となる場所で、新月の夜に何かが起こる。
『新月は月の光が弱まり、闇が強くなる。
そのときに、五芒星が完成するとなると、巨大な力が動くぞ』
九曜はため息をついた。
『こりゃ、とんでもないことになったの』
「で」
一ノ瀬は再度、清雅を見た。
「相良さんに何があったの?」
一ノ瀬にとっては、妖や五芒星よりも、そちらの方が重要なようだ。
一ノ瀬は相良の部屋の前、廊下に立っていた。
皆は、早々に各々の部屋へと引き下がっていた。
「相良さん。
次、妖が出る場所は大手町だと思います」
独り言のように呟くと、その場に正座した。
相良の部屋からは音ひとつ聞こえてこない。しかし、行灯の優しい光が障子を通して伝わってくる。
一ノ瀬が立ちあがろうとしたとき
「大手町の件は任せた」
低い声が聞こえた。
「妖を斬ると土に吸い込まれる。対処が必要だ」
「はい」
一ノ瀬は正座をしたまま、うつむき、唇を噛む。
部屋に入りたい衝動をおさえるように、目をとじた。
「あと、もう一つ頼まれてくれ」
相良の掠れた声に、一ノ瀬は腹のあたりをつかまれたような気持ちになる。
「五芒星の中心となる場所の捜索ですね」
一ノ瀬が答えた。
あまり話さない方が体には良いかもしれない。
一ノ瀬なりの気遣いだった。
「僕に全て任せて、相良さんはゆっくり休んでいてくださいね」
心とはうらはらに明るく言うと、一ノ瀬は立ち上がった。
廊下にずっといたせいか、肌寒さを感じ思わず自分で自分の肩を抱く。
「紫苑」
「はい」
「すまねぇ」
「……」
一ノ瀬は見えていないとわかりつつ笑いかけた。
「嫌だな。謝られると調子狂っちゃいますよ」
「大手町が片付いたら、あとはワシがやる」
「わかりました」
そのまま一ノ瀬は部屋を後にした。




