第四十一話 妖出現の疑念
日本橋の妖を掃討するのに夕暮れ時まで時を要した。
清雅と丸山はくたくたになり警察所に戻ってきたが、入り口で黒崎が待ち構えていた。
「報告を聞こう」
「今からですか?」
二人はお互い顔を見合わせたが、観念したように黒崎の部屋へ足を運んだ。
その様子を、一ノ瀬が心配そうに見ていた。
秋の深まりとともに、空を闇が覆う気配が早くなる。
太陽が隠れると同時に空気はすでに冷たく、家路を急ぐ者たちの足音が、夜と、もうすぐ来るであろう冬の足音を感じさせる。
清雅が黒崎の部屋の障子を開けたときには、もう外は暗くなっていた。
「清雅くん、妖の動きが活発化しているんだろ?」
廊下に一ノ瀬が立っていた。
「一ノ瀬さん」
少し驚いたが、今はとても一ノ瀬と話す気持ちにはなれない。
「はい。あちこちで数十体出ていて、町の人を襲う輩も出始めているんです」
「僕にも状況を教えてもらえないかな?」
一ノ瀬の言葉に、清雅は少し腹ただしく感じた。
(教えても、一ノ瀬さんはここから出られないじゃないですか)
「今日は……ちょっと……」
清雅の態度で察したのか、一ノ瀬は「ごめんごめん」と頭をかき、にっこりとした笑顔で「疲れているよね。また今度でいいから」と、廊下の奥へと消えていった。
「俺、余裕ないよな」
『まあ、仕方ないじゃろ』
清雅は家まで戻る元気もなく、宿舎に泊まろうと第一隊の部屋へと歩を進めた。
一ノ瀬は廊下の隅で、清雅が歩き去るのを見送った。
「みんなが大変な時に、何もしてあげられないのはつらいな」
見上げると赤く不気味に光る満月が、夜空にぼんやり浮かんでいる。
「十五夜……」
一ノ瀬は眉をひそめる。
「とても嫌な予感がする」
そう言うと、小袖に両腕を入れ廊下の隅に腰をおろした。
「月はとっても綺麗なんだけどね」
微かにほほえむと、赤い丸い月を見上げ、ひとり鼻歌を歌った。
それから数日間は、やれ盗人だ、やれ辻斬りだと、細かな事件が立て続けに起こった。
清雅と高岡は細かな仕事に忙殺されたが、間で道場での稽古も欠かさなかった。
そんな折、また黒崎から招集がかかった。
「次は浅草に妖が出た」
「ええぇえええ!」
高岡が倒れ込む。
「なんか、絶対おかしいですよね?」
黒崎は楓を呼び寄せる。
楓は可愛くぴょんぴょん跳ねながら(高岡には見えない)黒崎の頬にキスをするように囁きかけた。
(余裕がないせいかな。ああいうのを見ると腹がたつ)
清雅はなるべく見ないように、首を四十五度に曲げ、二人を視界から排した。
『主も性格が淀んできたのぉ』
「報告では、今回は四十近く出ている。丸山と第五隊隊長の鬼頭も同行させよう」
現地に行くと、あちこち妖だらけとなっており、収集がつかない。
「あやかし連合の奴ら、実は妖の統制がとれず、放牧してるんじゃね?」
高岡の言葉に
「あぁ!餌代が追いつかず、勝手に食ってこいみたいな?」
丸山が笑いをこらえた。
「それって、人間を食ってこい。ってことですか?」
丸山と高岡は目を見合わせて「近衛くんも、言うようになったねぇ」と感心した。
一方、黒崎は、大物の妖を相手にしながら釈然としない気持ちを整理していた。
(刀でも斬れるような、力の弱い妖を大量に発生させて、いったい何が狙いだ)
警察を撹乱させるには、敵が弱すぎる。
鬼頭も同じ疑念を抱いている。
「どうもおかしい。これで四回目じゃろ」
「お前もそう思うか鬼頭」
「そう思うんなら、調べることだな」
ふいに太い声が聞こえ、二人は思わず驚きと同時に振り返る。
「相良隊長!!」
そこには、黒の羽織袴を着た相良が立っていた。
「ひとつひとつの妖の出現には意味がねえ。
そう読めねえか?」
相良の声に清雅と高岡も走り寄る。
「相良隊長」
清雅は話しかけようとしてとまどう。
(少し……)
清雅は唇をかんだ。
日の下で見る相良の顔色が、あまりにも悪かったからだ。
(だが、それは流石に、ここでは言えない……)
清雅の心配をよそに相良は、ふらふらと歩いている妖を斬って捨て、その妖が地面に吸い込まれる様を見ていた。
「地に何かある。
黒崎ぃー。お前の仕事だ」
「……はい」
黒崎は急いで土を拾う。
「鬼頭、お前は過去に妖が出現した場所を地図でまとめろ」
言うとそのまま皆に背を向けて、
一番大きな妖の暴れているところへ向かおうとする。
「相良隊長……」
言いにくそうに黒崎が相良を呼び止めた。
「ここは……私たちに任せて、隊長は所へお戻りください」
相良は振り向きざまに黒崎を睨みつけた。
「ワシが邪魔か?」
「いえ……」
珍しく言い淀む黒崎に代わり、鬼頭が一歩前にでる。
「お顔の色がすぐれません。
ここはワシらにお任せください」
すっぱりと言ってのけた。
相良は抜き放っていた刀をもったまま鬼頭の目の前に立つ。
鬼頭はスラリとした長身だったが、相良はそれよりも大きく見えた。
何も言わない相良の圧に負け、鬼頭はわずかに目をそらす。
「相良隊長に何かあったら、ワシらが全員困るので、どうかお聞き入れください」
と、頭を下げた。
『さすが、戦国の男は違うのぉ』
九曜は感心のため息をつく。
相良は鬼頭を睨みつけたまま刀を鞘に戻す。
「地図をまとめたら、全員でワシの部屋へ来い」
そう言うと、そのまま皆に背を向けて去っていった。
相良の後ろを姿を見送り、清雅はふがいない自分を反省した。




