第四十話 相良の仕事
相良は自室へ戻り障子を閉めた。
ここ数日まともに寝ていない。
そのためか、格下の敵にも後れをとることも増えてきた。
「寝よう」
そう思った瞬間、障子が勢いよく開けられた。
「稔、ちょっといいか」
「今は勘弁してくれ」
佐倉が腕組みをして入り口に立っている。
「いい加減にしたらどうだ」
相良は思わず佐倉を睨んだ。
レイといい、今日はやたらとからまれる。
佐倉にかまわず、相良はその場に横になる。
障子に背中をむけて、左手を立て、その上に頭をのせた。
「お前のことを心配している。
お前はこの隊には、なくてはならない男だ」
頑なな態度に、佐倉は穏やかな口調を意識し、相良の方へ詰め寄ることはしなかった。
「それにな、このままじゃ、お前が築き上げてきた警察隊にも支障がでるぞ」
「そうならないようにしている」
「お前はわかっていないな」
佐倉はため息をついた。
こうなると、相良は佐倉の手にはおえない。
誰の言うことにも耳をかさないのだ。
(一ノ瀬にも困ったものだ)
佐倉はそのまま障子を閉め「ゆっくり休め」と言って部屋を後にした。
清雅が高岡と見廻りに出かける準備をしていると、黒崎がいつの間にか近くに立っていた。
「また出た。今度は日本橋 兜町あたりと、上野 不忍池だ」
「二箇所同時にですか?」
清雅は黒崎を振り返ると思わず立ち上がる。
「俺たちの腕がどれくらい上がったか、試すチャンスだな」
高岡は腕まくりをしたが、歩く際につま先を意識したくらいで、何も上達していない。
「二手にわかれる。
近衛は丸山と日本橋へ。高岡は私と上野へ向かう」
黒崎の後ろから丸山が顔を出した。
「丸山は第二隊の副隊長だ。
あのくらいの妖なら、こいつでも倒せる」
清雅は丸山をまじまじと見た。
「丸山さん、副隊長だなんて、一度も言ってくれなかったですよね」
「第二隊は、あんまり上下関係を意識していないんだよ」
四人は警察所の入り口で二手にわかれた。
清雅と丸山は日本橋へ向かう途中、昨今の江戸の問題の起こりようや、警察内での派閥について話をし合った。
「あやかし連合の動きが本格化する前に、一ノ瀬隊長が自由に動けるようにしてほしい」
丸山は本音を漏らした。
ふと左手に目をやると、手首にぐるぐると包帯が巻いてある。
「丸山さん、怪我ですか?」
「いやいや、これは昔のひどい火傷のあとだ。
あまり人には見られたくなくてね」
清雅はあまり、ふれないようにした。
「あ、あそこですね」
三河町と同じように、二十体くらいの妖が、あちこちを彷徨っている。
人々は、遠巻きにしながら警察の到着を待っていた。
「近衛くんは無理しないように。私は一体ずつ確実に葬るよ」
そう言うと、刀を抜いて妖の集まる場所に走っていく。
「丸山さんの足をひっぱるわけにはいかない」
清雅は刀の先に意識をのせ、呼吸を整えると、妖めがけて刀をふるった。
ヒュン
風を切る音ともに妖が二つに割れる。
『お見事』
九曜が喜んだ。
「なんとなく、コツがつかめた」
清雅が視線を上げると、目の前に清雅の三倍はある女の妖が姿を現した。
「こ……これは」
『無理かもしれんのぉ』
女の妖が奇声を発する。
周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。
『清雅、よけろ!』
女が腕を振るうと、地面に爪痕が残り、遠くにいた道を歩く男が斬り裂かれた。
「離れてください!」
道ゆく人たちを見回す。
危険を感じた人々が、一斉に逃げ惑い騒然となった。
「こんな強いのがいるって、黒崎さんは言ってなかった!」
女の妖怪は、また腕を振り上げた。
「俺がよけると、周りの人に被害がでる」
『受けられるほど、お主は強くないぞ』
女の腕が振り下ろされる。そのとき
キィィン
刀と爪がぶつかる耳障りな音が響き渡った。
見ると、目の前で女の腕を太い刀で受ける、黒い羽織袴の男が立っていた。
「近衛くん大丈夫か?」
振り返ると同時に女の妖を一刀両断する。
男が振るう刀は、刀身が幅広く厚みがある、古刀と言われる鎧兜を切り裂くための刀だ。
「相良隊長から妖が出たら我らも向かうよう言われておった」
その姿形はまさしく
『おぉ、戦国の男じゃぁあ』
戦国時代ほどではないが、警察の装いの上に、胸当てと籠手、臑当をまとい、和紙で髪を低い位置で結んでいる。
「第五隊隊長 鬼頭 剛蔵じゃあ」
鬼頭は日に焼けた顔を清雅に向け、白い歯をにぃっと見せた。
「第五隊は集団戦を得意とする、相良隊長が育てた戦国武将集団じゃ。
妖が多数出る今回の件、ワシらの隊も加勢させてもらうぞ」
清雅はまじまじと鬼頭を見る。
(相良隊長はすごい。
警察隊を、どのような敵が来ても対処できるよう組織している)
鬼頭は、腰に下げた真っ赤な鞘に重そうな刀をスッと差し込んだ。
その姿は猛々しく、清雅は武士の鏡だと心の底から感じ入った。




