第三話 佐倉という男
警察所に着くと、すぐに中へ案内され、座敷へと通される。
むさ苦しいと聞いていたものの、すみずみまで掃除が行き届いた小綺麗な場所だ。
「すぐに来られますのでお待ちください」
若い隊の者が、挨拶もそこそこに出ていった。
『ところで主、口の中のチョコレートは、もう食い終わったのか?』
九曜は意外と気が小さい。
(あれは瞬時に溶けるから痕跡はゼロじゃ)
逆に清雅は図太い。
二人が頭の中で会話をしていると、障子がスッと開いて、肩幅の広いいかつい男が入ってきた。
踏み込むなり、いきなり
「おぉ!!!!匂うぞ!!!」
清雅は思わず口元をおさえる。
「なんじゃこの匂いは、誰か大きい方をなさったな」
言いながら周りをくんくん嗅ぐこの男こそ、警察所所長の佐倉 正親だ。
(佐倉様。まさかチョコレートの匂いを大便の匂いと間違えられるとは!)
『これが、反西洋の性というものじゃろう』
「清雅くん、お待ちしておりましたぞ。この部屋、臭くなってしまい申し訳ござらん。近くに厠があるゆえ、客人が来る時は、皆に、我慢するよう申し伝えておったのじゃが……」
(本物の方か……)
確かに、匂うといえば匂う。
『それを我慢させるのは、流石に酷じゃろう』
九曜は無意味に、我慢する男たちを想像した。
「父上から聞いていると思うが、明日から早速ここで仕事をお願いしたい」
そう言うと、警察の装い一式を畳の上にバサリと置いた。
―― 佐倉という男。
豪快かつ大雑把。
そして、恐ろしいほど空気が読めない。
太い眉と、笑うと見せる白い歯は、武道に秀でた空気を醸し出していた。
「お世話になります」
一方、腹の中はともかくとして、頭を下げる清雅は、上品で言葉じりも優しい。
光に照らされると青く光る独特の髪を、藍色のリボンで結んである。
「清雅くんは、優雅で上品だな」
その姿を見て、心配そうに顎を掻いた。
「人を斬ったことはあるかい?」
「ひ、人を?」
清雅は目を丸くした。
『こりゃあ、なかなか、末恐ろしい展開になってきたぞ』
九曜などは血が沸たぎる。
「ありません。道場での試合稽古くらいしか……」
話しながら、心臓がドクドクなるのがわかる。
(そうか……、斬らねばならぬ時があるのか……。でも可能ならば、うまく逃げたい)
「実はな!」
佐倉は両手を、膝の上にバシッとのせ、清雅の目を覗き込む。
「前任の者が人を斬れんで、返り討ちに合い、今回第一隊に空きができたということだ」
(!!?)
こりゃ困った。
なんなく、要領よく働こうと思っていた警察所は、がっつり本気の戦のような環境だった。
油断したら斬られる。
漫画やチョコがみつかれば切腹。
しかも、この警察所は変態ばかりという。
江戸一日目にして、これは清雅、人生始まって以来の大事件である。




