第三十七話 一ノ瀬の仕事
「最近、第二隊の奴ら、やたらと忙しそうだよな」
第一隊副隊長の藤堂が、ひそひそと第一隊の集う部屋で隣の隊士の男に話しかけた。
(藤堂さんは、相良さんのせいで第二隊が忙しくなってること、知らないのか)
清雅は藤堂の表情を盗み見る。
藤堂に話しかけられた隊士の男は少し困った顔をして、さらに低い声で藤堂の耳元にささやきかける。
異様に耳がいい清雅には、その言葉がしっかりと聞きとれた。
「一ノ瀬さんが、台所で配膳してるらしいです」
―― ガタッ
九曜に打粉をしていた清雅は、刀を持ったまま急に立ち上がった。
「なんだ近衛、お前、刀を持って立ち上がるなんて、俺たちを斬る気か?」
藤堂が冗談めかして清雅を見やったが、振り返った清雅の目が死人のようだったため口をつぐんだ。
「なんだ近衛、お前目が死んでるぞ」
ちょっとビビった自分を隠すため、藤堂は小さな声で付け加えた。
(一ノ瀬さんが配膳??)
清雅は九曜を鞘におさめ、右手に持ったままドシドシと廊下を歩く。
『ちょっとは落ち着け。
ワシは今、お前が何を考えているか全然わからん』
(おかしいでしょ!
第二隊の隊長が、昼ごはんを配って回ってるなんて)
『しかたなじゃろ、外出禁止なら、他にやることもなかろう』
警察所では、相良が皆の健康を気遣って食事が用意されていた。
所の台所では、女たちが隊士のために必死にご飯を作っている。
第一隊から第五隊までの男たちは、時間ごとに入れ替わりで食事をしに、食堂へ訪れた。
(一ノ瀬さんが可哀想だ。
侍が台所で飯の炊き出しを手伝わされているなんて!)
清雅は肩をいからせ、食堂に勢いよく入った。
「あれー?清雅くん、第一隊の人はまだ時間じゃないよ」
その場の空気を一掃するような明るい声と共に、笑顔満開の一ノ瀬が、お膳を両手にかかえて現れた。
「清雅くんの分は、多めに盛ってあげるから!
僕の権力を使って」
言うと、カラカラと楽しそうに笑っている。
清雅はがっくりと肩と首を同時に落とした。
(一ノ瀬さんは、こういう人だった)
昼ごはんを終えたあと、清雅は休憩がてら、一ノ瀬と将棋を指していた。
庭は紅葉が美しく、涼しげな風と共に部屋に秋の香りを運んでくる。
「休憩が終われば庭掃除」
言って、手駒を打つ。
「相良さんにそう言われているんですか?」
清雅は首を捻りながら小袖に両手を差し込んだ。
「何も言われていないよ。僕がそうしたいと思っているだけ」
「なぜですか?」
清雅の問いに、一ノ瀬はしばし黙り込み、目を瞑った。
「何かしていないと、みんなに申し訳ないと感じてしまう」
―― 本音だろう。
仕事をしないのに、警察所に居続けるのは気が引ける。
「いつまで続くのかなぁ」
一ノ瀬は珍しく落ち込んだ顔をして見せた。
「僕の取り柄は剣だけなのに……」
(そんなことはないです)
清雅は心の中で否定したが、言葉に出すと安っぽく感じたため、口をつぐんだ。
一ノ瀬は、そこにいるだけで場を明るくしてくれる。
警察所にはそういう存在は必要だ。
しかし、そんなことを言っても、今の一ノ瀬にとっては、なんの意味もないだろう。
「近衛、ちょっといいか」
ふいに、廊下の方から藤堂が姿を表した。
「三河町一丁目あたりで妖が出たと言う報告が上がった。数人で出向いて欲しい」
早口で言いながら藤堂は、ちらりと一ノ瀬を見て頭を下げた。
「一ノ瀬さんすみません。ちょっと出かけてきます」
清雅は一ノ瀬の話をもう少し聞いてやりたかったが、やむを得ず立ち上がった。
「気をつけてね」
将棋の駒を片付けながら一ノ瀬は、ほんの少し寂しげに笑って手を振った。




