第三十五話 天羽 鳳仙
刀匠 天羽 鳳仙。
名刀を打つ匠としても知られるが、占い、祈祷、祭祀も行う一風変わった男である。
相良が依頼したのは、妖を討つ刀。
つまり、"呪"が打ち込まれた名刀と考えて良い。
天羽は、最後の仕上げに三人を呼び寄せた。
理由は、"呪"は人によって違うと考えているからだ。
しかしこの展開が、後に警察所全体を巻き込む大波乱の幕開けになるとは誰も想像さえしなかった。
「俺たちの刀で城がたつなど、そこまで自分が役にたつとは思えない」
高岡はひそひそと清雅に本心を打ち明けた。
天羽に呼ばれ、神田鍛冶町に向かうのは、相良、一ノ瀬、黒崎、高岡、そして清雅である。
天羽は京より江戸にくだり、幕府から提供された作業場でここ数ヶ月、相良たちのためにのみ作刀していた。
歳の頃は四十余。
それより上にも、それより下にも見えなくもない。
「ようやく会えましたな」
天羽は汗を拭きながら、気さくに声をかけてきた。
室内は、鉄と炭の匂いがする。
外はひんやりと風が気持ち良いにもかかわらず、ここはムッとした熱気がたちこめ、息苦しささえ感じるほどだった。
「焼き入れも終わり、形も完成している」
言って三振の刀を並べて見せた。
「それぞれ長さも形も違う」
覗き込んだ高岡に
「あらかじめ相良様から、お三方の話は伺うておりました」と天羽は答える。
黒崎は首をかしげたり、腰を曲げたりしながら、ぐるぐると刀の周りを歩いてまわった。
「ところで、"呪"をこめるとはどういうことか、教えてもらえるか?」
相良はどかりと近くに腰掛け、天羽と目を合わせた。
「こうして直にお会いして、そのお人の腹にある信念を見抜き、それを刃に籠めるのです」
「己が信じている強さが、術の強さに匹敵するからですか?」
清雅は、落武者との戦いでなんとなくわかりかけた知識を、天羽にぶつけてみた。
「まぁ、そんなところですね」
語る天羽の目は、九曜に向いていた。
「高岡様は純粋ですから、もう少し素直に生きられた方がいい」
天羽に言われて高岡は思わず「はぁ??」と返してしまった。
「やめてくださいよ。言うなら人のいない個室で話してもらえます?」
「お前が純粋なのは、お前以外の人間は全員知ってる」
相良の言葉に、高岡の顔は一瞬で真っ赤になる。
「一ノ瀬様は……」
天羽はしばらく一ノ瀬の目を見た。
そして、ふと一ノ瀬の刀に視線を落とした。
その表情が、ほんの少しだけ曇る。
「……」
そして、ゆっくりと相良に視線をうつした。
「え……。やだなぁ。
なんか、不穏な空気になってる気がする」
一ノ瀬が頭をかきながら、眉をひそめて笑った。
「そうですね」
空気が静まり返る。
「これは、信念の話やなくなってしもて、誠に言いづらいことなんですけど……」
相良と一ノ瀬を交互に見てため息をついた。
「あなたたち、お互いの関わり方を変えておかへんと、お二人のどちらかが、もう一人のために命を落とすことになる」
目に見えて一ノ瀬の表情が曇る。
「死ぬ?なにそれ」
一ノ瀬は懐に手を入れた。
ただの刀匠に言われたのではない。
陰陽に通ずる男に忠告されたのだ。
「すみません、信念を見ようとしたのに、別の話になってしまいましたね。
これ以上はなんとも言えません」
一ノ瀬の唇は少し震えいてた。
「僕は……大丈夫です。
だって……」
清雅は一ノ瀬の顔を見た。
「相良さんがいるから……」
相良は一ノ瀬を見た。
そして目を細めた。
不可解な空気が流れる。
一ノ瀬の懐に入れた手が、相良からもらった手拭いを握っていることに、誰も気づいていなかった。
「一ノ瀬が死ぬのは勝手だ。どうせあいつは死なないと言い張る。
しかし相良隊長に死なれては困る」
黒崎が一ノ瀬を脇に押しやり天羽に詰めよる。
「関わり方とはなんだ?」
黒崎の迫力に天羽は思わず息をのんだ。
「うまくは言えませんが、それは当人たちがよくご存知ではないですか?」
「一ノ瀬さん」
清雅は少し凹んでいる一ノ瀬の側により肩を叩くと「相良さんの仕事を引き受けすぎないとか、相良さんの刀になるとか、言わないようにしたら、いいんじゃないですか?」
前々から気になっていたことを、小さな声でささやいた。
相良は腕組みをしながら黙り込んでいた。
そんな相良を、天羽は静かに息を吐き出しながら、じっと見つめていた。




