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第三十二話 幽霊

真っ暗な屋敷の中を、一ノ瀬はまるで見えているかのように進んでいく。




長年、戦いの中に身を置いていた一ノ瀬には、人の気配を感じ取るなど、息するくらい簡単なことだ。





(誰もいない。でも)


一ノ瀬は床を見た。




色々な箇所にガタがきている。




(幽霊が旅人をさらうねぇ)


部屋を全て見て回る。




その時、何かがふわりと横切った。


一ノ瀬は振り返る。




目の端に、白い何かをとらえた。




(へぇー)




また背後に視線をかんじる。


今度は、刺すような鋭い視線。





「本当にいるんだ」


言って、刀を抜いた。


「人と同じように斬れるのか試してみよう」


言うと明るく笑いかけた。





村では清雅たちが一ノ瀬の帰りを待ちながら、泊めてもらえる場所を探していた。




「この村では、この荒屋くらいしかありませんね」


ずいぶんボロボロで、中も隙間から丸見えである。




「あまつゆが凌げるだけでも良しとしよう」


丸山は床に広がる土埃を手で払った。




(こんなところで、一晩過ごすだなんて)


清雅は天井を見た。




隙間から見える霧がかった空に、微かに星空が見え隠れする。





村人たちは、関わりたくもないと言いたげに、荒屋を提供すると、さっさと自分たちの家へと帰って行った。




「村を守るために、わざわざ来たのにこの扱い」


高岡は村人の後ろ姿を恨めしげに見送った。




「しかし、一ノ瀬隊長、帰りが遅くないですか?」


第二隊の一人、田村が隙間から外を見る。




「え?」


外を見た姿勢のまま、顔だけぐるりとこちらを振り返った。


清雅は持参した蝋燭に火を灯していたが、田村のただならぬ気配に思わず顔をあげる。




「なんだ?」


丸山と高木、もう一人の隊士である山村の三人が田村を見る。





「で、でた」




田村は腰を落としたまま、赤子のように、いざり寄ってきた。




「本当にでよった!」




皆、一斉に田村がのぞいていた、小さな隙間に集まったため、頭と頭をぶつけあった。




「どこだ?見えぬ」




「本当だ!この目で見た!白い影がふわふわ歩いておった」





ガタン!!





今度は、逆の方向の壁板が外れる音がした。




思わず高岡が刀を抜く。


「このような狭いところで刀を抜くな」




刀を避けようと、高木と田村が押し合った。


その拍子に山村が砂埃に足を取られてひっくり返る。




『少しは落ち着けい』




ふっと、蝋燭の火が消えた。





ギャー!!!





誰ともわからぬ叫び声。





(九曜、何か見えるか?)


清雅は意外と冷静だった。




暗闇の中、ろうそくを探し出し、もう一度火打石で火をつける。





部屋がほんのり明るくなり周りを照らし出した。


壁に、複数の黒い影が、ふわふわと映し出される。


「これは」


清雅の手が震えた。


隣に立つ高岡の、生唾をごくりと飲み込む音が聞こえた。








一ノ瀬は屋敷の暗がりに身を隠していた。





「あと、何人かな?」


独り言のように呟く。


「こんなところで、のんびりしてる暇はないんだけど」


一ノ瀬は大小両方の刀を抜き放つ。





「もう面倒だから、一気に来たら?」





一ノ瀬の周りをぐるりと取り囲むのは……刀を抜き放ち武装した、村人。


中には幽霊のような格好をしているものもいる。





「村人かと思ってたけど、違ったんだね」


一ノ瀬は、屋敷を散策した折みつけた、旅人の持ち物や服らしきものを投げてよこした。





「幽霊屋敷という割には、床板の埃が足跡だらけだなって思っていたんだ。


幽霊って歩くんだなぁって」




「余裕ぶっこいてるが、この人数相手に勝てるとでも思ってるのか?お嬢ちゃん」


顎髭を耳のあたりまではやし、髪を頭のてっぺんで束ねている、ひときわ大きな男が、男たちをかき分け、前へと進み出た。




「幽霊を怖がって、さっさと逃げ帰っていれば、死なずにすんだものを」





「あんたがこの盗人集団のお頭かな?幽霊ごっこで人払いとは考えたね」


一ノ瀬は男の前に悠然と立ちはだかる。




「で、本当の村人はどこへやった?」




「さあ」




「まあいいや」


一ノ瀬はあっさりと引き下がると大刀を中段に構え、小刀の刃を下に向けて低く弛ませる。




大多数の敵を相手に戦う構えをとった。




「話してる暇はない。村に残してきた皆が心配だから。


どうせ、あそこにいる村人全員が偽物だろ?」


薄く目を開き、息を吐き出すと、まとう気配がすっと入れ替わり、空気が一瞬で張り詰めた。


その迫力に気押された男たちが、一歩後ろに下がった。





「えぇい!下がるな!一斉にかかれ!」


頭の怒号におされ、数人が一気に一ノ瀬に斬りかかる。


それを少しの体の傾きのみでかわし、かわし様に刀を軌道にのせながら、相手の首元を斬り裂く。


よけると同時に舞う血飛沫を、一ノ瀬は一切かかることもなく、すり抜けた。




次は同時に三人。


一ノ瀬の頬を切先がかすめる。




ギリギリで体を傾けながら返す刃で相手の急所を確実に狙う。




一ノ瀬が通ったあとに、盗賊たちがバタバタと倒れ込む。




頭が驚きにのけぞったときには、一ノ瀬の刀はすでに首元に突きつけてあった。





「ごめんねぇ。全く相手にならないや」 





―― ドサッ。





ほぼ同時に頭の首が地に落ちる。





その場にいた盗賊たちは、何が起こったかわからず立ち尽くした。





「こいつ、一ノ瀬だ!」


盗賊の一人が悲鳴に近い声をあげる。





一ノ瀬は、その小柄な体躯からは想像がつかないほどの威力と、相手の攻撃を紙一重でよけると同時に攻撃に転じる鋭さで、第二隊長まで上り詰めた。





「今、気づいても遅いよ」


月明かりが白い肌を照らす。


血に濡れた刀だけが、赤黒く鈍く光っていた。

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