第二十八話 江利尾斗
誰もが息をのんだ。
ひとことも話さない。
そんな中、清雅だけが元輝を抱き寄せ兄の名を呼んでいた。
「ばかな……」
黒い外套の男は、今自分の目で見た風景を信じられずにいた。
「古来の力が存在する……だと?」
片膝をたて、銃口を清雅に向ける。
「ここで始末しておかねば、あとあとやっかいだ」
その時、首元にヒヤリと冷たい感触と、鋭い視線を感じた。
振り返ると、金髪に青い目をした長身の男が、首元に刃をつきたてている。
「銃をおろせ」
軍服に近い服だがまた違う。
黒い羽織袴に藍色の線。
しかし、袴の裾の幅は狭く、袖も普通のものより細く筒袖に近い。
「警察か」
「神妙にしろ!」
あちこちに声が響き渡った。
清雅は上を見上げた。
「誰だろう」
頭はまだぼんやりしている。
視界が狭くなってきた。
これはまずい。
また、気が遠くなりかけている。
そんな最中、目の前の天狗の仮面の男が、木の影に身を隠し逃げようとしているのが見えた。
(あいつだけは許さない)
思うが体が動かない。
天狗の男が、完全に姿を消そうとするその瞬間。
パァン――!!
あの聞き慣れすぎた音とともに、天狗の男の腹部を、何者かが撃ち抜いた。
かなりの距離であるにもかかわらず、外套の男に刃をつきつけたまま、正確に片手で銃を撃ったあの男。
金髪に碧眼。
「外国人?」
ふっと意識を失いそうになった清雅を、誰かの手が支えた。
「大丈夫ですか?清雅様」
心配する目。
見慣れた顔つき。
「玄之介」
清雅は安堵から思わず、目頭が熱くなった。
相良はたばこをふかしていた。
仕草や表情からは読み取れないが、キセルを咥えるその姿は、内心のイライラがあふれかえっていると、わかる者にはわかる。
「そのくらいにしたらどうだ」
佐倉の固い厳しめの声が上から降ってきた。
障子を開けはなち、その場に立った状態で相良を見下ろしている。
「あれだけの数だぞ」
相良が息を吐くと、部屋中に香ばしい香りが漂う。
佐倉は手でそれらを払いのけた。
「しかも、近衛家の嫡男が深傷を負った」
佐倉には、そちらの方が気がかりだ。
「それはさすがに、こちらの預かり知らぬところ」
相良はひょうひょうと言ってのける。
「ほら、清雅くんと……」
佐倉は廊下を歩いてくる清雅と、金髪碧眼の男に目を向けた。
「誰だったか」
「江利尾斗」
「え?」
「エリオットです」
佐倉に挨拶をする。
「まあ入れ」
清雅は憂鬱な面持ちで相良の部屋の中へ足を運んだ。
隣に座るエリオットに目を向ける。
(外国人……)
『いやいや、日本の警察だぞ』
前に相良と佐倉、向かい合う形で清雅とエリオットが座する。
「こたびは、よくやってくれたな」
佐倉が労を労う。
「お前たちのおかげで、銃は全て回収できた」
相良はキセルを端においやり、二人の目を見た。
「あれが流出すれば、江戸は大惨事となっていた」
相良の視線をはずすように、清雅は自分の拳を見た。
「清雅」
わずかに視線を上げる。
「兄上が心配か?」
こくりと頷いた。
「呼び出して悪かったな。今日はこのまま帰れ」
清雅は軽く眉を寄せた。
「相良隊長、あの天狗の仮面をかぶった男はどうなりましたか?」
言いながら、ひとりでに拳に力が入る。
「あぁ。それは西洋派鉄砲集団を、とりまとめている男だなぁ」
佐倉が答えた。
「逃ゲラレました」
エリオットがすまなそうに頭を下げた。
そんなエリオットを清雅はみつめる。
(外国人ですよね?)
どうしても聞けない。
(帰るまでに明らかにしておきたい)
『どうでもいいじゃろ、それは』
「ちなみに、知っているとは思うが」
相良が膝の上に肘をおき、その上に顎をおく、いつもの格好で清雅を見た。
「江利尾斗は、第四隊隊長だ」
瞬間、清雅の思考が停止した。
「エリオットです」
それしか言わない。
「外国人ですよね」
ついに、口をついて言葉が飛び出した!!!
「チガイマス」
「……」
「違うぞ清雅」
いつになく、相良が真剣に否定した。
胡散臭すぎる。
「なんで、青い目なんですか」
「アナタのメも、すこしアオイでしょ」
「なんで、金髪なんですか?」
「アナタのカミも、クロではない」
清雅の顔が一気に不信に歪む。
「清雅くん、今日は帰った方がいいよ、機嫌が悪そうだ」
佐倉は手拭いを取り出し汗をふいた。
「あー。あとな」
相良は立ち上がった清雅を呼び止めた。
「黒い外套をまとった男は、捕まえたが自害した」
「そうですか」
清雅は唇をかたく噛み締めた。




