第二十三話 近衛元輝
あれから数日。
「元輝様が、お着きになられました」
藤乃の声とともに
「清雅ー!」
大声で両手をひろげ、兄、元輝もとてるが清雅の部屋の前に立っていた。
「兄上!」
聞き慣れた声に、清雅は目を見開き、次の瞬間には廊下へ飛び出していた。
「久しいな。元気であったか?」
兄弟は、ひしと抱き合う。
そして元輝は清雅にほおずりを始めた。
「相変わらず、白くて柔らかい、もち肌じゃ」
ごりごりと顎があたり、清雅は首をのけぞらせた。
「兄上も、相変わらずたくましい体つきですね」
言って、体をぺたぺたとさわった。
藤乃と玄之介は、兄弟の奇行を、少し距離をとって見ていた。
「入ってよいか?」
清雅は兄を部屋へ通すと、その凛とした形の良い目をしげしげと見つめた。
そしてふと、周りを見渡す。
「お供の者は、連れておられないのですか?」
「いらぬいらぬ」
いうと、藤乃に出された茶を上品に口へ運んだ。
清雅と元輝は母違いの兄弟だ。
そのためか、顔は全く似ていない。
元輝は鼻筋がとおり、目や眉がはっきりした武士らしい顔立ちだが、清雅は涼しげな目元と、細く高い鼻が上品なやわらかい印象の面持ちだった。
「父上にはがっかりだ。まさか清雅を江戸に、しかも警察などにやるとは」
「私のことを思ってのことだと思います」
警察には休みを届け出た。
(この間、佐倉さんが休んで良いと言っておったしな)
『それでちゃっかり休みをもらうとは、精神が図太くて結構』
九曜のうんざりした声が聞こえる。
「江戸を案内してくれるか?」
元輝は肩越しに庭に目をやる。
「外は賑やかそうだ。江戸名物といえば、なんだったかな?」
「天ぷら、うなぎなどでしょうか」
藤乃が答えた。
「よし、行こう。今日は一日、私の相手をしてくれるな?」
楽しそうな元輝の声につられ、清雅も心が弾んだ。
(ここで、一ノ瀬さんが来たら終わる。早く出かけてしまおう!)
二人は仲良く家を出た。
浅草寺を見ようと言う兄と共に、境内に並ぶ露店や出店を見て回った二人は、名物の鳩の餌売りの露店も楽しんだ。
仲見世通の人の多さに、元輝は「刀がぶつかって、かなわん」と口をとがらせ、その顔を見て清雅が大笑いした。
「次は、江戸名物の両国橋へ行こう」
兄の提案に、清雅は陽が傾きかけた空を見上げ、
「花火が見られるかもしれませんね」
と、兄の袖を引いた。
隅田川は大型の荷船が何十艘も行き交う。
江戸の物流の中心となる場所だ。
だからこそ、そこには持ち込まれてはならぬ物も多く持ち込まれる。
二人が両国橋へ足を向けた頃、
警察の預かり知らぬその場所で一艘の荷船が、静かに岸へ着いた。
人夫たちは何事もないように木箱を運び始める。
その一つの箱板が、わずかにずれて中身をさらけ出す。
隙間から覗いたのは、傾きかけた陽を跳ね返す、黒く細長い何かであった。




