第二十話 式神
相良の部屋を出て、共に昼食をとった清雅と高岡は、持ち場へ戻る途中、無言で廊下を歩いていた。
ふいに高岡が清雅の横顔をじっとみつめ
「お前、あの時は悪かったな」
と独り言のように呟いた。
「高岡さん……」
「ただ、ひとこと言わせてもらうけど……警察としてやっていくには、お前は純粋すぎるんじゃないか?」
高岡は立ち止まる。
「あの時、一ノ瀬さんが来なかったら」
おどしを匂わせながらも、どこか気遣うような口調がまじる。
「春成さんに、殺されてたぞ」
清雅は立ち止まった。
「……わかっています。でも……」
高岡は清雅の顔を見て眉を潜める。
「高岡さんだって、危ない橋を渡ってたじゃないですか」
「な……」
『確かにのぉ』
「お前!
先輩に、その物言い、切腹ものだぞ」
言うと、廊下をスタスタと早足で歩いて行ってしまった。
(高岡って、もしかして良い奴なのかな)
『なんで、いつまでも呼び捨てなんじゃ』
しばらく歩くと、突然右手の障子が音もなく開き、薄暗い部屋から清雅を呼ぶ声が聞こえた。
男でもない、女でもないような、妖艶な声。
「黒崎隊長ですか?」
清雅は、その場を動かず中を見ようと目をこらした。
「中へ入れ」
今度は右ななめ後ろから声がしたが、そこには誰もいない。
「失礼します」
小さな声で答え、すごすごと部屋の中へ足を踏み入れた。
なぜか奥の方が暗く見えない部屋の中で、黒崎が正座でこちらを見据えていた。
「そこへ座れ。今、式を放っている」
清雅は黒崎からずいぶん離れた位置に座した。
「あやかし連合を探っているのですか?」
「ああ。高岡はいないのか?まあいい」
黒崎はぴくりとも動かず、目だけを清雅に向けた。
その目には、何の感情も浮かんでいない。
「次は別の妖で仕掛けてくるかもしれん」
「別の?そんなにたくさん妖がいるのですか?」
黒崎はため息をついた。
「いる……というより、妖を操る陰陽師のような力を持つものが、連合の頭だ」
「……。じゃあ、そいつを倒さないと、終わりがないということですね」
きちんと閉じたはずの障子から、ふわふわと黄色い蝶が部屋へと入り込んできた。
清雅の目の端を通り過ぎ、黒崎の手に止まる。
「ふむ」
一瞬、にやりと笑った口元に白すぎる歯が並んでいる。
「近衛、お前も式を使え。式を使えるのは、ここでは私とお前だけだからな」
「え?待ってください。私は使えません。そもそも私の式神なんて……」
驚き膝立ちになる清雅に、黒崎は閉じた扇をかざし「そこに、おるではないか」と九曜を指した。
「え?」
(九曜との会話を聞かれている?)
清雅は、九曜とかわした言葉を必死に振り返った。
(悪口……言ったか? ……言ったかも……。西洋の話は?……してないしてない。あ、今した!まずい)
『落ちつけぇい。心を詠むようなことは陰陽師にはできんわ』
「これは、私の式ではありません。ただの、亡霊がとりついた刀です」
「ほぉう」
黒崎は扇を開き、口元を隠した。
「自覚がないのか?」
「え?」
清雅の澄んだ瞳が、暗い部屋に不思議な違和感を放つ。
「お前のその刀。式神ぞ」
清雅は九曜を見つめた。
「式神……」
『……』
「でも、私には式神を操る術はわかりませんが……」
黒崎は興味深げに九曜を見つめた。
「あぁ」
ポンと、扇で膝をうつ。
「お前の母親の式神か」
瞬間、清雅はその場に立ち上がる。
先程まで藍色に輝いていた目が、何も映さぬ鏡のように感情を排した瞳となった。
『いかん!戻れ!清雅』
右側に置いてあった九曜が必死に呼びかけるが反応は返ってこない。
「近衛?」
さすがの黒崎も、清雅のかわりように、目を泳がせて清雅を見上げた。
直立不動のまま、障子の方へ踵をかえす。
そして、障子を開けたかと思うと、そのままものすごいスピードで部屋の外に走りでた。
「近衛!!!」
黒崎は慌てて立ち上がり、後を追う。
『止めてくれ!誰でも良いから、清雅を止めてくれ!!』
しかし、清雅はまっすぐ廊下をつっきり庭に出た。
そのまま足元の石や草を避けるでもなく走り抜ける。
庭の奥、塀に向かって一直線に走り続けた。
「ぶつかるぞ!近衛!!」
黒崎も、裸足のまま庭におり、必死に後を追うが間に合わない。
警察所の塀には、土の中に平瓦が積み重ねられている。
あの速さでぶつかれば、ただではすまない。
しかし清雅はスピードを落とさず、まっすぐ突っ込んだ。
ドゴッ!
にぶい衝突音が庭に響いた。
「痛てぇ……」
相良の低い声だった。
清雅と塀の間に相良が割り込み、突っ込んできた清雅を、そのまま自分の腹で受け止めていた。
背中に塀、腹に清雅の挟み撃ちに合い、相良はしばらく動けない。
「お前、確かにワシは死んでこいとは言ったが」
絞り出すようにやっと声を出した相良は、清雅の両肩をつかみ顔を覗き込んだ。
「ここで死ねとは言ってない」
相良も裸足のまま駆け降りてきたためか、足元には石や枝で切った生々しい傷跡があった。
清雅は相良の足を見て、相良の目を見た。
「俺……。どうしてここに?」
そこで、ふっと意識を失ったため、相良が慌てて抱き止めた。
「黒崎ぃー。おめぇがついていながら……」
ゴホッゴホ
咳き込む。
「……私の落ち度です。すみません。まさか」
黒崎は、そこで口元をおさえ、言葉を止めた。
「いえ。以後、気をつけます」
相良は手だけで合図し、黒崎に清雅を渡すと、自分の部屋の方へと歩いて行った。




