第十九話 黒崎という男
「大丈夫ですかー?」
階段の上の方から、団子屋の主人の声がする。
「警察呼びましょうか?」
「そりゃダメよ。あんた。だって下は……ほら」
下での戦いが嘘のように上は平和だ。
「近衛清雅。一ノ瀬を抱えろ。このまま警察所へ戻る」
「ちょっと待ってください。他の人たちはどうするんですか?」
黒崎は一瞥しただけだった。
「……」
(無視かよ)
「放っていくのは警察としてどうかと思うけど」
場違いな明るい楽しそうな声が部屋に響いた。
見ると、一ノ瀬がふらふらと、こちらに歩いてくる。
「一ノ瀬さん!大丈夫ですか?」
清雅が駆け寄ると一ノ瀬は手で制した。
「大丈夫なんだけど……なんか……。
お腹が痛い……」
情けない声で腹のあたりをさすっている。
(それって……)
「これ、時々あるんだ。
宿舎で寝泊まりすると、決まって翌朝、同じようにお腹が痛くなる……」
眉を寄せて悲しんでいる一ノ瀬を見て、清雅は思わず黒崎を見た。
(まさか……黒崎に……毎回蹴られてるのでは……)
『それを言ったら、この場が殺し合いになるかもしれんぞ』
「ところで、黒崎くん。
どうしてここがわかったの?」
一ノ瀬の、まるで年下に接するような態度に、黒崎の顔色が一瞬で真っ赤になった。
「貴様と私では、親子ほども年が離れているのだぞ!」
「でも、僕の方が先輩だから」
こちらも負けじと、抜いたままの刀を肩にポンポンと当てる。
(え…。 仲悪い感じ?)
清雅は少し距離をとった。
「相良さんから、ここが怪しいって聞いていたのかな?」
「相良隊長から、お前が馬鹿だと聞いている」
―― 殺気
と、ふいに一ノ瀬がお腹を抑えて前屈みになった。
「痛い……」
悲しい声。
(黒崎、どれだけ本気で蹴ったんだよ)
睨むように黒崎を見ると、当の本人は壁際まで走っていき、壁に手をついて嘔吐しはじめた。
「オエッ……
二言……以上、こいつと話すのは……無理だ……」
『病んでおるな』
(隊長クラスが特にね……)
清雅は二人を交互に見て、ため息をついた。
レイさんを含め、部屋で倒れていた他の人たちに怪我はなかった。
皆、団子屋でしばし休憩をとり、思い思いに帰途についたが、誰も警察所へ届け出ようとするものはいなかった。
別れ際「清雅くんも警察だったのね……」と呟くレイさんは、なぜか少し悲しそうだった。
「このまま、近衛と私は相良隊長のところへ出向く」
「じゃあ、僕はここで別れるね」
一ノ瀬は清雅にだけ別れを告げて、ふらふらとどこかへ行ってしまった。
警察所では、腕組みをした相良が玄関に立って出迎えた。
「黒崎を行かせて正解だったな」
相良は顎の下を指でさすり、「あのあたりに妖が出るという情報があったのだ」と話を続けた。
廊下を歩きながら、黒崎からおおまかな状況説明をうけた相良は、部屋に入るなりどかりとあぐらをかいて、部下の一人を呼び寄せた。
「高岡を連れてこい」
清雅は正座しながら隣に座る黒崎を見た。
(? 緊張している)
口元は引き締まっており、正座の上の拳は袴を握りしめている。
「相良隊長の目の前に座ってしまった……」
黒崎の口から女のような声が出た。
(!?)
『!?』
清雅と九曜は同時に固まる。
「美男子……」
(!!!!?)
『!!!!?』
(マジか)
待つこと、暫く。
ガラリと障子があいて、高岡と、何やら怪しい格好の女が相良の部屋に入ってきた。
相良と向かい合わせになる形で、四人が正座して居住まいを正す。
「このメンツで、あやかし連合を討つ」
(はぁ!!!!!!?)
「わ……私もですか?」
高岡の上擦った声が聞こえ、清雅は後ろに座る高岡を振り返った。
「高岡さん、傷はもう癒えたんですか?」
「お、おまえ!!」
高岡はさらに声を上擦らせて、のけぞった。
「優しい言葉とか……
かけてくんなよ」
(……)
「相良隊長」
おもむろに黒崎が、握りすぎた拳を、さらに強く握りながら相良に進言した。
「私と、式神だけで十分かと……」
「式神?」
清雅はもう一度後ろを振り返る。
「はぁい」
高岡と一緒に入ってきた女。
まるで忍者のような格好をしている、このおなご。
これ、まさか……
「式神……。あぁ。お前にしか見えん、お前の従者か?」
相良は頭をかいた。
「でも、まあ、清雅と高岡の経験にもなるから……」
前に乗り出し、バシっと黒崎の肩を叩く。
「頼むぜ。黒崎」
言って、ちゃめっ気たっぶりに、しかし不器用に片目を瞑って見せたのだ。
「は、はいぃ!!!!!!!」
裏返った声で背筋を伸ばして、顔を赤らめた黒崎を、清雅はありえないほど冷たい目で見やった。




