第十八話 落武者の心
暗く湿った部屋で対峙する落武者と清雅。
落武者から吐き出される白い煙と、シューシューという音だけが二人を包んだ。
「妖と戦ったことがない」
汗が額をつたう。
一ノ瀬の剣でさえ斬れなかった。
九曜なら斬れるのか?
『斬れんわい』
(役にたたんなぁー!)
『妖は斬るものじゃない』
え?
清雅は構えるのをやめ、九曜を見やる。
「どうやって倒すのだ?」
「相手の信念を曲げる。それが術を破るということだ」
凛とした冷たい声が部屋にこだまし、一陣の風が清雅の髪を舞い上げる。
男か、女か、どちらの声にも聞こえた。
いつの間にか階段の上に、黒い羽織袴、長い黒い髪を後ろで結い上げた背の高い男が立っていた。
―― カッカッカッ
階段を降り、横たわる人々を跨いで、一ノ瀬の近くまで素早く歩いてくる。
―― ゴッ
おもむろに、横たわる一ノ瀬の腹のあたりを蹴り上げた。
「ちょ……!何してるんですか」
男は冷たい目で清雅を上から下へと睨め付ける。
「使えん第二隊隊長だ」
目の奥、
(暗い)
清雅はごくりつ唾を飲み込んだ。
黒い衣装には、藍色の線が二本
「警察の人……」
「第三隊隊長 黒崎 玄真」
告げた瞬間、二本の指を口元で交わらせ、"呪"を唱え始める。
「貴様も使えん!近衛 清雅。
妖との戦い方も知らんとは」
瞬間、周りの景色がうつろい代わり、狭い暗い部屋が、何もない荒れ果てた砂埃の舞う地へと入れ替わる。
『おぉうこれは!』
『戦国……乱世の世が見える』
落武者と九曜から同時に感嘆の声が漏れた。
「幻術の類か?」
『守るために生きる。そんな時代がかつてこの国にもあった……』
落武者はガタガタと暴れ始める。
『強くなれた。信じるものを貫くために……』
恍惚とした目でその風景に見惚れる。
『その世界を、再現する』
「再現?」
「戦国時代を再び起こすつもりか?」
黒崎の冷静な声が響いた。
「それがお前たち、あやかし連合の狙いか」
臆することなく、黒崎は落武者の目の前に立ちはだかる。
「じゃあ、こいつは相良さんの言っていた……テロリスト」
清雅は黒崎の暗い目を見つめた。
(人?だよな……この人)
『堕落した人間どもを、戦国時代が救うのだ!!!!』
「違うだろ!!!」
大声で叫ぶ落武者より、さらに大きな声で黒崎が押さえつける。
「お前は、ただ、過去の己の"生"を後悔している」
ビクンと落武者の大きな体が揺れた。
「なぁにを後悔しておる?」
睨めつけるように黒崎が下から上に目を這わせる。
「そうか!」
ポンっと場違いな明るい声で手を叩いた。
「死んだか?」
落武者の目が恐怖に震えた。
「意味なく……死んだか?」
『貴様が死ねぇ!!!!!!!!!』
黒崎の言葉を待たず六本の刀が、四方八方に振り下ろされた。
清雅は必死に……黒崎は軽々とそれらをかわした。
「当たりじゃあ」
嬉しそうにぴょんぴょんと、かわす黒崎を清雅は睨みつけた。
『こやつは、優秀じゃぞ』
「どこが?怒らせているだけだ」
『それが戦い方だ。妖の未練を知り、そこを叩くのが術を破る方法じゃ』
『殺す!殺してやる!!』
理性を失ったように、あちこち暴れ、刀をふりかざしたため、床や壁がボロボロと崩れ始めた。
「これじゃ、倒れている人たちが危ない」
清雅が一ノ瀬たちのところへ走り寄ったその刹那、黒崎はまた指を立て、何事かをつぶやく。
周りの景色が入れ替わり、今度は若い武士が戦の準備をしている場面になった、
「必ずや名をあげる。
国を守り、家族を守る」
まだ十代だろう。
衣類はボロボロだが、イキイキした目からは未来を信じる力を感じる。
「戦に出るのか?」
戸口に父が立っていた。
片足がない。
「やめておけ。お前はまだ若い。
戦に出るには経験が薄い」
「隣の奴らが、戦に出れば金になると言っていた」
「なる。
が、生きて帰ってこれればの話だ」
父親は行かせたくない。
隣の奴らは、わざとうまい話を言って、けしかけているだけだ。
大人ならすぐに、そんなことはわかる。
「お前が死ねば、家族が困る」
父は必死に説得した。
「大丈夫だ。必ず戻る」
それは、若い者だけがもつ、何の根拠もない自信なのだ。
――見ている清雅の心臓は早鐘のように鳴り響いた。
(まさか)
若者は立ち上がった。
「父上と母上に楽をさせる」
(まさか、この若者が……)
あちこちで殺し合いが繰り広げられている。
若者の夢見た名を上げる場所。
そこは一瞬で血と怒号と、骨、肉の地獄絵図と化した。
ほんの数刻で、あの若武者は無惨にも斬られて動かぬ骸となった……。
(あぁ……。そうだ……)
清雅の目から涙が流れた。
(未来への夢と、志だけでは……この世界に立つことも許されない)
――――― 『ウォオオオォオオ!!!!』
落武者の目からも激しい涙が、ごうごうと滝のように流れ始める。
『おのれ!おのれ!!!思い出したくも無いものを見せよって』
黒崎はニヤリした口元に、指をはわせた。
「貴様は命の使い方を間違えた」
落武者を冷たく見る。
「無駄死にじゃあ」
メキメキメキ
黒崎の無情なその一言で
落武者の体がひとまわり大きくなる。
『おのぉれぇぇええ。陰陽師ぃー』
目玉がぐるりと動き、口から炎がちらつく。
足元の床が重みにたえかねて、砕け散りそうになる。
「なんで余計に怒らせてるんだよ!?」
清雅は、後方に下がりながら黒崎を睨んだ。
「逆効果になったか」
黒崎は扇を広げると口元を隠した。
(笑ってるのかよ?)
『楽しんでおるな』
「最低だ」
巨大化した落武者は、同じく巨大になった六本の刀を頭の上まで振り上げた。
『ワシは無駄死にか?』
『戦う意味はなかったと?』
落武者の叫びは、
怒号なのか嗚咽なのか、
清雅には判別できなかった。
姿は老練の武士。
だがその中身は、世を知ることなく死んだ十代の若者だったのだ。
「違う!」
清雅は、耐えきれず叫んだ。
「お前は、あの時代の正義を生きた」
九曜を抜き放つ。
「犬死になどではない」
目が合う。
清雅の澄んだ瞳。
その目には、過酷な世界を知らない純粋さがあった。
「俺には、お前のような生き方はできん」
そこに、嘘偽りはない。
「尊敬する」
瞬間、落武者は叫び声をあげた。
大きな音を立てて、膝をおる。
手から刀が落ちた。
『そうか……
ワシは見事に生きたのだ―――』
この世と己を繋ぎ止めていた、唯一の光 ―――― いや未練。
『誰かに言って欲しかった。その言葉を ――ずっと』
落武者の体は、悲しい泣き声をあげながら、空間に溶け込むように消えていった。
まばゆい光がまわりを照らし、魂があるべき場所へと戻っていく。
周りの景色は、元の薄暗い部屋へと戻っていった。
『見事じゃ清雅』
清雅はポカンとした顔で九曜を見る。
『呪とは、相手の信念を打ち砕くこと』
「俺は思ったことを言っただけだ」
『その言葉が、相手の信念、いや、未練を打ち砕いた』
横で黒崎の舌打ちが聞こえた。
「もう少し、遊んでやろうと思ったのだがな」
清雅は黒崎という男が、心の底から嫌だと思った。




