第一話 就職先が決まったぞ
「これはいかんいかん」
そそくさと廊下をなかば走るように歩く。
清雅は元来せっかちで、怠け癖がある。
将来お家を継ぐのは兄の元輝と決まっているため、きばるつもりもない。
部屋の一角、決して誰も開けることがない襖を開き、ごそごそと中から何かを取り出した。
「続きを見るつもりで、すっかり忘れていた」
九曜との会話で、放っておいた、まんが本を思い出したのだ。
「清雅。良いか?」
突然、後ろからの太い声が聞こえ、驚きのあまり危うく舌を噛みきりそうになった。
手にしていたまんが本が、するりと指の隙間から抜け落ちる。
「うわっ」
慌てて片足を差し出し、器用に受け止めた。
「父上……」
入り口には大柄で無骨な、――それでいて品の良い顔立ちの清雅の父、輝雅が立っていた。
「なんや、何ぞ持っとるんか?」
「いえいえ。ちょっと、右膝の裏が痒いので、左足の指で掻いていたところです」
苦しい言い訳と奇妙な体勢に、父は太い首をかしげたものの、深くは追求しなかった。
「それよかな。あんたに、ええ話があるんや」
父はこの話がしたくてたまらない。
急いで清雅のところまで歩み寄ると、「ささ座って」と自らもその場で座した。
「私に良い話とは、なんですか?」
「あんたももう二十一やろ。働き口をなんとかしなあかんなと思ってな」
(仕事の話かー)
後ろを振りむく振りをして、顔を思いっきりしかめる。
「ほなな、江戸の警察所に空きができたらしいんや」
『えええー!!!!!!!』
なぜか隣の部屋から九曜の声も響いてきた。
『ついに年貢の納め時じゃー!』
動揺激しく、のけぞった拍子に、懐からまんが本がどさりと落ちた。
「なんやそれ?」
「指南書です」
サクッと嘘をついて懐に仕舞い込む。
「でも父上、江戸警察といったら、京都から離れなければなりませんが?」
清雅は京都から出たことがない。
ましてや、江戸にくだり、西洋文化を徹底的に排除している警察で勤務するなど、死ににいくようなもの。
「わしが、あんたのこと、なんも知らんと思うとるんか?」
清雅はぎくりと身を震わした。
(まさか……父上、ご存知だったのか……俺が、西洋文化にかぶれまくってるのを)
父は身を乗り出し、清雅の年の割に幼く見える大きな目を覗き込む。
「あんたー、勝田道場で一番腕がたつそうやんか」
「あぁ」
(そっちかー!!!)
「はい」
(バレてへんやんか!)
「勝田先生の私への指導が素晴らしいからです」
そういって、父の前で頭を下げる。
「そうかそうか」
父は満足そうに、息子をみやった。
「でな、勝田先生と、あんたのその腕を、お国のために使わんいう選択肢はないという話になってな」
父の話は続く。
「江戸では今、テロリストが横行して大変やそうや。あんたの腕なら役にたつはずと先生も言うとったで」
清雅は外面が極めてよろしく、年上連中にはひどく聞こえが良い。
世の中をわたっていくには、妖術よりも、剣の腕よりも、要領だと思っている。
(しかし、流石に警察で働くとなると、そうもいかんやろうな)
まさか公家出身の近衛家の自分が、身分ではかなり下の警察所で働くことになるとは。
「まあ、そういう事やから」
父はおもむろに立ち上がり、胸元の"指南書"とやらを一瞥した。
「あんたの身分は警察の所長、佐倉さんだけが知ってる。世話役も二人つけるよって、お江戸の平和のために、きばりなはれ」
言って、にっかり笑って出て行った。




