第十二話 命のやりとり
「春成さんの奥さんって、確か……」
高岡は前をゆったり歩く春成の背中を見ながら、言葉を選んでいた。
「ああ。そう」
春成の声はいつもと変わらない。
だが前を歩いているせいで表情も見えない。
「赤い紅の似合う素敵なおなごでしたね」
高岡は雲に隠れた月を探すように空を見上げた。
「たまに、警察所に顔を出していたね」
二人の間に同じ時間が流れたような錯覚を覚えた。
「あんなことがなければ ――」
春成の声が急に低くなる。
「ふたつきほど前。
斬られて埋められていたよ。
軒下に」
―― 春成は立ち止まった。
「斬ったのは、春成さんでしょ」
高岡も距離を保ったまま立ち止まる。
雲がかかり、春成の顔は影になり表情が見えない。
「辻斬りにあった女はみんな、赤い小袖に赤い紅をしていた」
高岡は鯉口を切り、右足を後ろに下げる。
「それに、奥さんに顔が似ていた」
春成の指先に視線をよせる。
「高岡くんじゃあ、私に勝てない」
春成はまるで構える気配がない。
(違うのか?交える気はないか?)
高岡は距離を推しはかった。
その時、春成の腰がすっと沈んだ。
あのふっくらした巨体が、なめらかに動く。
いつ抜いたか、剣先が高岡の目の高さに光っていた。
高岡は急いで剣を抜く。
抜いた瞬間、右のこめかみを狙って刃が走った
キイン ――
すんでんのところで受ける。
高岡の刀が弾かれ、左面がガラ空きになった。
そこへすかさず左面。
高岡は無様に地を転がり、ぎりぎりでかわした。
春成は顔色ひとつ変えず、踏み込んでくる。
(実力に差がありすぎるか)
高岡は後ろに飛び下がり、距離をとった。
「やっぱり春成さんが殺したんですね。でも、なぜ?」
高岡の問いに春成は一瞬、剣先を下げた。
「なぜ、奥さんまで」
「下手人を初めて斬った夜、妻に言われたんだよ」
春成の目がふっと過去に戻るように曇る。
「あんたは人殺しだって」
高岡は春成の感情のこもらぬ声に、かすかな恐怖を感じた。
「知られたからには死んでらもうよ」
春成が剣を握り直す。
(殺られるかもしれん)
冷や汗がたらりと落ちる。
「高岡さん!!!」
ふいに背後から、自分の名を呼ぶ声。
「は?」
後ろに神経がもっていかれたその時、
ズブッ!
右横腹、焼けるような痛み。
「しまっ」
頭上に剣が振り上げられる。
(防げない!)
キィィインン
清雅が、赤く光る刀を抜き放ち、春成の頭上からのひとたちを、高岡の目の前で受け止めた。
「高岡さん、大丈夫ですか?血が」
清雅は高岡の脇腹を見やる。
「春成さんから目を離すな!バカか!なんでお前が来るんだよ!」
高岡の暴言に、清雅は眉をよせた。
「どうせなら、相良隊長あたりを連れて来いよ」
言われると確かにそうだ。
「赤ん坊の妖が、ここに二人がいると教えてくれた」
春成を見たまま清雅は続ける。
「そんなこと、言えると思います?相良隊長に」
「言えんな」
「ほら」
春成は、右上段斜めに構えた。
「清雅逃げろ」
その瞬間、清雅が鋭い突きと斬り上げを織り交ぜる。
「早い!」
春成は全てギリギリで防ぐ。
赤い刀が不気味に光る。雲間から出た光が、清雅の髪を青く照らした。
顔色ひとつ変えず、剣をふるう清雅を見て、
「こいつの剣技、一流」
高岡はあっけにとられた。
バカにしてたのに、剣技は自分より格上。
春成はおされて、後ろに下がる。
「ぬう」
力で勝るはずが、スピードでおされている。
清雅の剣が首元にせまる。
が、剣先にわずかに乱れが走った。
(殺せない)
迷いがはしった瞬間、清雅の肩に春成の剣がかかる。
スパッと軽く斬られ、血が舞う。
「人を斬る勇気がないな」
春成の目が清雅をとらえた。
血の赤。
清雅の苦痛に歪む顔。
長い髪。
春成の目に狂気が宿った。
殺してきた女が浮かぶ。
「うおおぉお」
おっとり、ふっくらした巨体は、突如人斬りの形相に変わり、目は地走る。
『こいつは狂ってるぞ!殺らねば殺られる!』
上段から振り下ろされた力任せの剣を、受けずに交わした。
瞬間、裾が足にからまり尻餅をつく。
袴でないため、戦いにくい。
「清雅!!!」
高岡の声に反応するように素早く体制を立て直した清雅だが
(殺すなんてできない)
こんな命のやりとりの真っ最中でさえ、春成の柔らかい笑顔が頭から離れないのである。




