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第十一話 月のない夜

その日の晩は、高岡と春成(はるしげ)が夜の見回りを行うことになっていた。




清雅は布団を敷く係のため、薄暗くなった部屋で、ひとり重たい敷布団と格闘していた。




「早く、柔らかい自分の布団で寝たいものだ」




ここで寝ると、体の全てが痛くなる。きっと敷布団が薄いのだ。





「清雅」


暗がりから声を潜めて自分を呼ぶ声に、清雅は目を凝らした。


「はよ来い!」


嫌な物言いに(ああ高岡か)と心内で呼び捨てにする。





「お前、今日は見回りないだろ?」


「はい」





「そうか……」


暗がりで表情は見えないが、めずらしく言い淀む高岡に清雅は近くまで進み出た。





「何か心配ごとでも?私も一緒に行った方がいいですか?」


「いや」


高岡はそれを手で制すると


「まだ確証はないけど、わかったかもしれん」




そう言って清雅の目を見た。





「今日の見回りで確かめてくるわ」


「何を?」





高岡は答えず、そのまま廊下に出て、月の光を浴びながら廊下の奥に姿を消した。







『今晩は月が隠れている』


九曜(くよう)の声がする。





「高岡と青木は辻斬りの見回り。一ノ瀬隊長は姿が見えんらしい」


同じ部屋で休む第一隊の男たちが、ひそひそと話しているのが聞こえた。





「一ノ瀬隊長が、宿舎にいる方が珍しいだろ」





(月の光がないと、町は暗闇に包まれる。高岡さん、春成さん、大丈夫かな)


布団にくるまると、心配をよそに、眠気が押し寄せてきた。




今晩は、なぜか胸騒ぎがする。








―― トトト 






深い眠りの中にいたはずの清雅の耳に、以前聞いた足音がこだました。







トトト―― 







障子の前で足音が止まる。






目だけで周りを見渡した清雅は、ゆっくり体を起こした。





隣の高岡の布団は敷いてあるが使っていない。





他の男たちは、相変わらず豪快な寝息をたてている。






障子が束の間の月明かりに照らされ、女の影が映し出される。


その手が障子にかけらようとしていた。





(開ける気か?)





思わず清雅は立ち上がり、障子の前に滑り込む。





「誰だ」





影がこちらを見上げるように動く。





―― ここ。





どうやら指を指しているようだ。






―― ここ。






清雅は障子に手をかけた。






(開けるぞ。去るなら今だ)






指が部屋の中に向けられている。






清雅はその指の影がさす方向を見た。






ひとつだけ、誰も使っていない布団が置いてある。






春成(はるしげ)さんの布団……)






頭に浮かんだその言葉に反応したように、女の影は






パチパチパチ





手を叩いた。






え?






―― ここにいる。







女は、そのまま踵を返し、障子から離れていった。






ガラッ






清雅が障子を開けた頃には、女は暗がりの方へ背を向けて歩いていた。




赤い小袖の後ろ姿。


まだ若い。






(母上ではない)







清雅がぼんやり女を見送っていると、おもむろに女が振り返った。





赤い紅がよく似合う美しい女。






初めて見た、あの死体も


赤い小袖に赤い唇。


同じ赤。





―― だが顔が違う。






見つめ合うことしばらく、女はフッとその場でかき消えた。





『清雅』


九曜の声に我にかえる。





(今日の見回りで確かめてくるわ)


高岡さんの言葉が脳裏に蘇った。






まさか






そんなわけない。






だって……。






斬られていた……。






春成さんは被害者だ!






(お前ともあろうもんが、剣も抜かずに斬られたか)


遠くを見ていた相良さんの目が、あのあと春成さんを見た。


確かにじっと見ていた。






自作自演?






清雅は小袖の着流しのまま九曜を手に取ると、部屋を出て廊下を走る。






(勘を鈍らせてはいけないよ。寝首をかかれるから)


一ノ瀬の言葉が頭にこだまする。





(あっちに誰か走って行った)


見回りの夜、春成さんはああ言ったが、自分は誰の気配もしなかった。


それなのに、疑いもしなかった。






(高岡さん!)





そのまま、警察所を飛び出し、大通りを走り抜けた。





(教えてくれ!二人はどこに行った?)

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