第十話 職務
「それで……逃したか」
あぐらをかいた相良は、右足をたて、そこに右肘を置くと、手のひらに顎をのせた。
目は遠くを見やり、春成、高岡、清雅の方は微塵も見ない。
「お前ともあろうもんが、剣も抜かずに斬られたか」
春成は相良に頭を深々と下げた。
「しばらくは出ないだろうな」
そう言うとのっそり立ち上がり、豪快に障子を開けると、そのまま部屋から出て行った。
「お前のせいだぞ」
すかさず高岡が清雅を睨む。
「私のせいだ」
「春成さんは悪くないです」
清雅は春成の、木綿の布でぐるぐる巻きにされた左肩をくやしげに見た。
そして、「すみませんでした」と謝った。
数日が過ぎたが、
相良の言う通り、辻斬りはしばらく出なかった。
「俺は役に立たないな」
あの時、走って辻斬りを追いかけてるべきだっただろうか……
清雅は部屋の隅で頭を畳に押し付けていた。
『いや、相手がわからぬのに深追いは危険だろう』
九曜は、高岡の清雅に対する態度が問題だと考えている。
『高岡の言葉を真に受けて、無茶な行動だけはしてくれるなよ』
「清雅くん」
沈んだ空気を吹き飛ばすような、明るい弾んだ声が部屋にこだました。
顔をあげると、入り口に第二隊隊長 一ノ瀬 紫苑が立っている。
「知ってるかい?西洋の最新情報!」
清雅は、ものすごい速さでその場に立ち上がり、一ノ瀬を部屋に引きずり入れると、部屋が揺れるほどの力強さで障子を閉めた。
「やめてもらえますか?入り口でそういう話をもちかけるの!」
肩で息をして、耳を澄ます。
(誰もいない)
『こやつ、バカなのか?』
当の一ノ瀬は、にこやか笑顔で小首をかしげる。
「誰もいないのなんて、気配でわかるから」
なぜか部屋で帯剣している一ノ瀬は、よく見ると、袴の裾のあたりが血でべったり濡れていた。
「一ノ瀬さん、どうしたんですか。怪我?」
「ちがうちがう」
そう言うと、「あーあ」と言って、裾の汚れを気にする。
「さっき斬ってきたからね」
一ノ瀬は裾を見下ろした。
「鉄砲を大量に隠してた武士がいたんだ」
「即、死罪ですか?」
清雅は一ノ瀬から少し距離をとった。
「即ね。そうそう!で、その武士が言うには」
一ノ瀬は一瞬の間に清雅の目の前まで進み出た。
「西洋では、人が飛んだらしいよー」
最新情報を得た一ノ瀬は、子供のような笑顔を作って清雅の目を覗き込んだ。
多分、嬉しすぎて、殺戮現場からそのまま清雅の部屋まで走ってきたのだろう……。
「あ……そうですか」
(そんな表情で、その武士を斬ったんだろうな……)
自分もそれくらい感情が壊れていれば、辻斬りのひとりや二人倒せるだろう……。
「まっ!治安維持のために、武器は流出させてはいけないからね」
急に真顔になると清雅の顔を下から鋭く見上げる。
「もうすぐ動くだろう。ああいう奴は止められないんだ。一度人を斬るとね」
一ノ瀬は清雅の目を見たまま視線を離さない。
「勘を鈍らせてはいけないよ。寝首をかかれるから」
そう言うと、「じゃあ」と軽く手を振って、部屋から出て行った。




