第九話 辻斬りを追い詰めろ
一ノ瀬から逃げるように部屋へ飛び込んだ清雅。
(あの人、隊長やってるのに死罪確定のキャラT着てるとか、絶対かかわったらダメなタイプだ)
心臓がドクンドクンと口から飛び出そうだ。
(それより、このまんが本、玄之介は中身を知ってて持ってきたのだろうか)
「清雅ー!!」
廊下側から、ドスの効いた、それでいてどこか力を抜いたような声が響いた。
「今晩、春成と夜回りに行くんだって?」
小袖に袴も羽織もつけず、着流ししたラフな着こなしの相良が、障子の合間からぬっと現れる。
「死ぬなよ」
「……怖いこと言わないでください」
一ノ瀬のダメージも癒えぬまま、相良にも斬り込まれた気分だった。
(相良さん、隊長なのに、休日のような格好をして歩いている……。ここの警察の隊長は本当に変人ばかりだ)
「辻斬りは、人を斬って悦に入る変人だ。みつけ次第、即刻 殺せ」
相良のはっきりした形の黒い目に、するどく怒りの光が宿る。
相良はまだ二十代後半。
正義感と血の気が衣を着て歩いているような男である。
悪党と聞けば飛び出していき、曲がったことが大嫌い。
清雅などからすると、まぶしすぎる生き物だった。
そして佐倉が率いる特殊警察は、たとえ武士であってもその場で下手人を斬り捨てる権利を持っている。
(熱いです。相良さん……)
京都にいては決して関わることのない人たちの中で、清雅は自分の心が悲鳴をあげながらも強くならざるを得ないことを感じていた。
―― 夜五つ(20時)
高岡は徳平と、清雅は春成と。
提灯をぶらさげ、警察所から二手に別れた。
江戸の夜は静まり返り、月の光だけが暗闇を照らす。
川の流れる音と、虫の泣く声が無ければ、時が止まっていると錯覚するほど、町には人一人さえ見当たらない。
(このまま終わってしまえばいい)
清雅はそれだけを願った。
『この時代に、無駄な殺生をするものを捕える。武士として最高の夜になろうぞ』
清雅は九曜をなでた。
『だから、それ、やめい!!!』
ふと、物陰に何か黒いものが走り抜けたように思った。
「清雅くん」
春成の、ふっくらした頬がひきしまる。
「あっちに誰か走って行った」
(え?人?見えなかったけど)
清雅はうろたえた。
暗闇に目をこらすが、どこからどこへ行ったかがわからない。
「二手にわかれよう。清雅くんは、こっちの通りから回り込み、私はここをまっすぐ進む」
にわかに春成が腰をかがめたので、清雅も頭を低くする。
「誰かに出くわしても、いきなり斬りかかったらいけないよ。まずは笛をふきなさい」
言って、首から下がっている呼子笛を指差した。
春成が"誰か"を追うように走って行った後、清雅は別の通りを素早く走り抜けた。
(挟み撃ちということは、俺が早く走り、回り込まねばならない)
神経をとがらせる。
闇夜に自分の草履のすれる音と、衣のはためく音だけが響き渡る。
遠目に左に折れる角が見えた。
あそこを曲がれば、"誰か"と対峙するかもしれない。
柄に指をはわせる。
腰を低く、息を整え……
角を左に……
「うぐぁあああああああ」
角を折れるよりも早く、鋭い叫び声が町中にこだました。
(!誰? 誰か斬られた?)
―― 男の声
清雅は左手を鯉口に添えた。
いつでも抜ける。
腰を落とし、刀が揺れぬよう脇を締める。
走る勢いを殺さぬまま重心を前へ倒し、角を曲がると同時に抜き打てるよう、わずかに体を開いた。
―― 視界が開けた。
清雅の目に飛び込んできたのは
「春成さん!!!」
地面に座り込み、路地にもたれかかる、ふっくらした巨体。
「大丈夫ですか?」
すぐにそばに片膝をつき、春成が抑えている肩口あたりを見る。
すっぱり斬られた傷口を反対の手で抑えているが、傷口から血が滴り落ち地面を赤く染めていた。
落とした拍子に燃え上がった提灯が、より鮮明にあたりを照らす。
「斬られた。男だ。あっちへ逃げた」
言って、細い路地の暗く先が見えない方向を指差した。
「すまない油断した。清雅くんは追わない方がいい。相手は腕が立つ」
春成が走ってきた方角から、足音が聞こえ走ってくる人影が二つ。
「大丈夫ですか!?」
高岡と徳平だ。
「清雅お前、何ぼうっとしてる!このあほう!さっさと追えよっ!」
高岡は清雅を睨みつけると、徳平と、春成が指差す方に走って行った。




