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二人の魔女  作者: signal
二人の魔女
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外伝 第1話「レイナ」

レイナちゃんは、本を読んでいるときが一番静かだ。


いつもの窓辺。

いつもの椅子。

いつもの光景。


窓から吹き込む風が、彼女の黒髪をそっと揺らす。

揺れたカーテンの隙間から、柔らかな日差しが差し込んだ。


彼女はその長い髪を押さえ、眩しそうに瞳を細める。

その横顔は、昔から変わらず綺麗だ。


その横顔を眺めていると、レイナは私の視線に気づいた。

ゆっくりと顔を上げ、こちらを見る。


私は小さく微笑んで、問いかけた。


「レイナちゃん、今度はどんな本を読んでるの?」


「『サンクハイム王国史』、少し遠くにある国の歴史書よ。」


レイナちゃんは楽しそうに本の内容を語り始める。

昔から変わらない。

本当に本が好きなんだな。

そう思う。


そんな彼女の話を聞きながら、私は自然と笑みを浮かべていた。


「その国って、どんなところなの?」


「昔は魔女と共存していた国みたいだけど、今は違うみたいね。

でも、食べ物はすごく美味しいみたいよ。」


そう言って、レイナちゃんはまた本に目を戻した。


「いつか二人で行ってみたいわね。」


二人で、遠い街へ。

それは想像したこともないくらい、楽しそうな未来だった。


「うん。絶対に行こう。」


届いたのか、届いていないのか。

静かに、次のページをめくった。


私は窓の外を見つめた。

遠くの町を眺めながら、昔のことを思い出していた。


「……歴史か。」


塔の影が、地面に長く伸びていく。

その影を追うように、記憶がゆっくりと沈んでいく。

レイナちゃんが、この塔にやってきた日のことを。


その日は、確か雨だった。

いつもは優しく温かい森が、その日は静かで、冷たい空気が流れていて、少しだけ怖かった。


おばあ様は誰かに手紙を書いていた。

魔法学や薬草学の難しそうな言葉を、ひとりごとのように小さくつぶやいている。


私はその横で、絵本を読んでいた。

女の子が二人、街で仲良く暮らす絵本だ。

その絵本の明るさが、雨の日の塔には少しだけ眩しく見えた。


ただ、私にはそんな未来があるかはわからなかった。

私は魔女だ。


魔女は、人間よりずっと長く生きる。

だから、いつか大切な人を見送ることになる。


幼いながらに、私はそのことを知っていた。

だから私は、絵本のような未来を夢見ることを、どこかで諦めていた。


ページをめくる。

女の子たちは喧嘩をしているようだ。

さっきまであんなに仲良さそうだったのに、今度は言い合いをしている。


どうしてこんなことになったのか、続きを読もうとしたところだった。

ピリッとした空気が流れた。

魔法が発動した――魔力の気配だ。


おばあ様は筆を止め、塔の入り口を見つめていた。


「おばあ様、今のは?」

「私じゃないよ、誰かいるみたいだね。」


おばあ様はヨイショといって立ち上がり、何もない空間から杖を取り出す。


「様子を見にいくよ。ついておいで。」


私は本を閉じ、帽子をかぶっておばあ様の後に続いた。


おばあ様が杖を軽く振ると、塔の扉が音もなく開いた。

扉が開いたとき、雨のにおいがふわっと入ってきた。

ひんやりした空気が頬に触れて、少しだけびっくりした。

歩き出したおばあ様の背中を追って、私も外へ出た。


少し進むと、焦げた匂いがあたりに立ち込めていた。


雨に濡れた森の中には、不自然な跡が残っていた。


なぎ倒された木々。

焦げた狼の死体。


そして、その先に――


雨に濡れ、ボロボロの服を着た女の子が立っていた。


――きれいな子。


最初に思いついたのがそんな言葉だった。


歳は……同じくらいだろうか。


きれいな黒髪。

賢そうな瞳。

どこか育ちの良さを感じさせる、不思議な子だった。


「あんたがこれをやったのかい?」


おばあ様が周りに目を配らせ、女の子に声をかける。

女の子は返事をせず、ただ塔を見上げたまま、ゆっくりとうなずいた。


おばあ様は鼻を鳴らし、目を細めてから言った。


「……あんた、魔女だね」


――魔女


私は驚きながらおばあ様を見る。


「……この子が魔女?」

「そうだよ。じゃなきゃこんな子供が狼を黒焦げにできるわけがない。」


おばあ様は女の子の元まで歩いていく。


「雷の魔法かい。危なっかしいね。こんな雨の中で使うなんて」


女の子はおばあ様を一瞥し、視線を落とした。


「……わたし、わからない」


「わからないって、何がわからないんだい?」


「わたし、気が付いたらこの森にいたの。」


女の子はおばあ様を見る。

おばあ様は、続きを促すように小さくうなずいた。


「気が付いたらこの森にいて、歩いていたら塔が見えたの。

雨が降ってきたから……雨宿りしようと思って歩いていたら、あの狼が襲ってきて……」


女の子は一度言葉を止めた。


「襲ってきて、目をつむったら大きな音がして、そうしたら…」

「……狼が黒焦げになっていたんだね?」


おばあ様が後に続いて代わりに言う。

女の子はうなずき、また塔を見上げた。

その視線は、なぜか塔から離れなかった。


その子の様子を見て、おばあ様は少し考え込んだ。

顎に手を当て、一度だけうなずく。


「あの塔は私たちの家だよ。

それにこのままじゃ風邪をひいてしまうね、一度家においで。」


そう言って杖を振ると、女の子の体がゆっくりと宙に浮かんだ。

おばあ様は私を見ると、


「ナタリー、寝床の準備を頼んだよ。」


「……!わかった!」


私は塔へ走り出した。


塔の扉を勢いよく開け、2階へ駆け上がる。

客室の扉を開ける。


暗い部屋に入ると、私は指先を振った。

指先から淡い雷光が奔り、部屋の電灯に明かりが灯る。


雷魔法。私が使える、唯一の魔法だ。


……とはいっても、今はこんなふうに明かりをつけるくらいしかできないけれど。


部屋を軽く掃除して

手際よくベッドを用意する。


この塔での家事担当は私だ。

おばあ様は魔法はすごいのに、家のことになるとどうにも頼りなかった。

なぜか洗濯すると服をズタボロにしたり、掃除をすると部屋が真っ白になってしまうのだ。

おかげで、いつの間にか家のことは一通りできるようになっていた。


塔の扉が開いた音がした。

トン、トン、と階段を上ってくる足音が響く。


雨の匂いが、階段のほうから少しだけ上がってきた。

私は思わず息を整える。

もうすぐ、あの子がここに来る。


足音は部屋の前で止まり、ノックが聞こえる。

扉がゆっくり開き、とんがり帽子をかぶったおばあ様が姿を現した。

その後ろには、あの子が宙に浮かんだまま運ばれていた。

雨に濡れた髪が頬に張りついていて、どうやら眠っているようだ。


おばあ様は私の視線に気づくと、女の子を見ながら言う。


「あの後すぐに眠ってしまったんだよ。

起きたら、この子の話を聞くとしようかね。」


おばあ様は杖の先で、床を軽く叩く。

すると、その子の足元からふわりと温風が吹き上がる。

どうやら濡れたものを乾かしているようだ。


温度も風量もちょうどよく、見ているだけで気持ちよさそうな風だ。

しばらくその様子を見つめていると、

浮かんでいたその子の体が、おばあ様の杖の動きに合わせてベッドのほうへ運ばれていく。

ゆっくりと空気に乗るように近づき、

最後はそっとベッドの上に横たえられた。


私はその子に毛布を掛けながら、おばあ様に尋ねる。


「この子、町の子じゃないよね?この辺りでは見たことないし…」


「そうだねぇ。でも、ただの迷子ではなさそうだね。」


おばあ様はその子に目線を向け、続けて言う。

私もつられてその子のほうを見る。


「その子の着ている服を見てごらん。ボロボロになってはいるが、素材は悪くなさそうだ。

それに髪もサラサラで、いいところのお嬢さんかもしれないね。」


確かに、町の子とは雰囲気が違う。


「どちらにせよ今日はここまでだよ。

後は目を覚ましてからだ。」


そう言っておばあ様はもう一度杖の先で床を叩いた。

その瞬間、部屋中に魔力がすっと広がり、灯りが消えた。


「念のため魔封じをしておくよ。

暴れられちゃ困るからね。」


おばあ様はそのまま部屋から出ていく。

私は一度その子の顔を覗き込む。


――やっぱりきれいな子だな。

どこから来たんだろう、お名前はなんだろう。


聞きたいことをグッと飲み込み、私も部屋の入り口へ向かう。

初めて見た、同じくらいの年頃の魔女。

仲良くなれるといいな。


そう思いながら、私は部屋のドアを静かに閉めた。




次の日の朝、私は少し早めに起きて朝食の準備をしていた。

おばあ様もすでに起きていて、朝のお茶を飲みながら本を読んでいる。

いつもはもう少しお寝坊さんなんだけどな。


そんなことを考えていると、おばあ様が顔をあげて私に声をかけてきた。


「ナタリー、部屋に動きがあったよ。

どうやらあの子が起きたみたいだ。」


あの子が起きた。

ドクンと少しだけ心臓が跳ねる。


私はすぐお盆に朝食を乗せて歩き出す。

その後ろをおばあ様がついてくる。


部屋の前につく。

手のひらに汗をかいていることに気づきながら、そっとノックする。


……返事はない。


私はドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開ける。


その子は体を起こして外を見ていた。

こちらがドアを開けたことに気づいていないようだ。

寝ぼけているのかな。


私は意を決して、その子に声をかける。


「おはよう!」


私が声をかけると、その子はびくっとしてこちらを見る。

目を大きく開いて固まっていて、驚かせてしまった。


私は机の上にお盆を置き、その子に向き直る。


「昨日はよく眠れた? あなたも魔女なのよね?

私の名前はナタリー。あなたのお名前は?」


……しまった。矢継ぎ早に質問してしまった。

その子は驚いた表情のまま、こちらを見ている。


おばあ様がクックッと笑いながら部屋に入ってくる。


「ナタリーや、そんなに責め立てるものじゃないよ。」


おばあ様はしゃがみ込み、その子の目線になって問いかける。


「あんたは昨日、森にいた。ここまでは覚えているかい?」


その子はうなずく。


「じゃあ次の質問だ。どこから来たのかわかるかい?」


首を振る。


「どんなところに住んでいたかは?」


これも首を振る。


「……わたし、森の木の下で目が覚めたの。

 でも、それより前にどこに住んでいて、何をしていたか覚えていない……」


その子は申し訳なさそうに俯く。


「ねぇ、おばあ様。

この子、ここに住んでもらっちゃダメかな?

行くところ、ないんだよね?」


おばあ様は困った顔をする。


「でもねナタリー。この子はかなり強い魔力を持っている。

魔法の制御もできていないようだし、得体も知れない。

そんな簡単に決めていいことじゃないよ。」


「お願い! この子のお世話、私もするから!

それに、おばあ様は魔法はすごいけど、家のことは……その、私に任せきりでしょう?

だから、おばあ様はこの子に魔法を教えてあげて。私は生活のこと、ちゃんと手伝うから。ね?」


おばあ様は深いため息をつき、やれやれと肩をすくめた。


「……やれやれ、あんたは普段は聞き分けがいいのに

こうなったら聞かないんだからね。

いいよ、しばらくここにいな。」


「…! ありがとう、おばあ様!」


私はその子の元に向かい、ベッドの横に腰掛ける。


「よかったね!ここにいていいって!

あ……迷惑だったかな……?」


その子は横に首を振る。

よかった、迷惑ではないみたいだ。


ふと思い出す。

そういえば、名前をまだ聞いてない。


「そういえばまだお名前聞いてなかったね。

さっきも言ったけど私はナタリー。

あなたのお名前は? 覚えてる?」


その子はハッとして少し考えているようだ。

自分の長い髪の毛をくるくる指に巻いている。


少しするとこちらを向き頷く。


「わたし、自分の名前は覚えてるみたい。」


その子の透き通るような青い瞳に、思わず見惚れてしまう。


その子は私をじっと見つめた。

記憶をたぐるように、ゆっくりと口を開く。


「わたし……私の名前は、レイナ」

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