第6話 スカートめくり係(兼任)の誕生
「まゆは便器だよ。ニンゲンじゃなくて便器ちゃん」
いつも家にいるママのお友達は、裸の私に乗っかったまま、そう断言した。
練乳を混ぜた苺ジャムみたいな何か。それが私のお腹の中から出てきた。
何か知らないけど、すごく汚いモノだというのはわかる。それが私の中にあったから、私自身がきっと、汚ないモノなんだろう。私が便器だってことは、すごく納得できた。でも、足りなかったみたい。
「カラダに教えてあげるよ」
お友達は私の髪を掴み、頭ごと引き上げた。指で乱暴に口を開かせると、そこに自分の生殖器官を深く差し込んだ。
「便器だから、便器にするよ」
そう言って、躊躇い無く放尿を始めた。
大人の男性の力で押さえつけられて、私は逃げれない。オシッコは全部、私の胃袋と肺の中に流れ込む。
自分の意思とは無関係に、手足がめちゃくちゃ暴れていた。溺れているのだ。私はオシッコで溺死し掛けている。お友達はゲラゲラ笑っていた。
命は助かっても、もう心は戻らないだろう。
私は自分の体を俯瞰していた。
これが乖離ってやつだろうか。
以来、私は自分の身体を操り人形のように動かして、生きている。
この記憶を継母に語るのは、なかなかハードルが高い。
いつもの朝。私は今朝は起きている親父様と雑談しながら朝食を頂いていた。メニューは和食である。ご飯と味噌汁と、昨日の夕飯に少し手を加えた御菜類がテーブルに並ぶ。申し分無いカロリーである。
因みに、今日の父との雑談の議題は、なぜティラノさんのお手てはあんなにちっちゃいか、その利用目的である。父は様々な学説を並べて検討するが、私の意見は根本的に異なる。利用目的などなくて、ただ使わないから縮んだ。無くなる途中で隕石が落ちたという判断である。朝の父娘の会話とはとても思えない内容だが、我が家はこんなものだ。私の無駄知識は、だいたいこの父に由来している。
母はそんな私たちを、自分も朝食を食べながらニコニコと見守っていた。間には入って来ない。
母はどうにも、私との間に血の繋がり以上の壁を感じているようである。時々、遠慮がちなのだ。その理由は明らかで、私が実母の所にいた時の話を一切しないからである。解ってはいるんだが、だって、
『便器だから、便器にするよ』
これである。排尿で臨死体験した思い出とか、聞く方も辛かろう。いつかは、と、思っているのだが、なかなかハードルが高い。せめて、経験済み、ぐらいの話だろうか。後者の方はどうも、父は知ってるみたいだし。悩ましいところだ。
あ、そう言えば。
「時に、父よ」
私は問う。
「最近、母とあまりセックスしてないようだが、大丈夫なのか?」
「なっ……なに言ってるのよ、まゆちゃん!」
母は止めようとするが、構わず続ける。
「父に浮気する甲斐性は無いのは知っているので、そっちの心配はしていないが、まだ枯れる年齢でも無いだろう。このままレスになって、離婚にでもなったら困る。私は母について行くぞ」
「えっと、何を言ってるのかな?」
惚けようとしているが、何を今更である。夫婦なんだから、繁殖活動するのは当然。ミミズだってする。とくに母の嬌声は大きいから、2階にいる私にも筒抜けなのだ。一方、父は堂々たるものである。
「あー、確かにこの所、ご無沙汰かもなぁ。忙しかったしなぁ」
と、呑気なことを呟く。
「そんなことでは困るな。私は早く弟か妹が欲しいのだが」
「ん?いいのか?せめて、おまえが成人してから、と、考えていたんだが。母違いの子供だぞ?」
「構わん。というか、男は70を過ぎても子供は作れるが、女の方は期限は短い。早くしろ」
「そ、そうか」
「そうそう。楽しみだ」
生命は力だ。子孫を作るのは、エントロピーに反逆する使命の行使であり、神聖なものである。望まれて産まれてくる新たな生命は、きっと立ち塞がる壁も、何それって感じで、吹き飛ばしてくれるだろう。楽しみだ。
さて、登校である。父はもう書斎で仕事に取り掛かっており、玄関までの見送りは母だけである。くたびれたローファーに左から足を入れていると、
「まゆ? あなた、明るくなった?」
母がそんな不思議なことを訊いてきた。なんのこっちゃと疑問符が浮かんだが、直ぐに思い当たる。
「うん。明るくなった。涼しくなった」
物理的に、と、その言を肯定した。
母から何がと訊かれる前に、
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
学校に到着。新しい一日の始まりってだけじゃなく、今日から昨日決めた新しい係の初稼働である。
何事もなく教室に入り、中を見渡すと、
「いた」
目当ての人物、林さんである。係の仕事をするにあたって、私は彼女を最初にしようと決めていた。だって、面白そうだから。近づいて、私から声を掛ける。
「おはよー」
自分でスカートをめくりながら。
「おは………ひっ!」
気怠く挨拶を返そうとして、途中から短い悲鳴に変わった。予想通り。感無量である。
「あんた、それ………」
「昨日決めたでしょ。スカートめくり係」
そう。昨日の放課後、あれから決めたのは、新たな係の創設である。それが、スカートめくり係だった。
そもそも「スカートめくられ係」は、自分からは何もしない受け身の業務である。一方、めくる側は自由采配であり、これではエントロピーが崩壊するのも必然。システムに根本的な欠陥があったからこその、起こるべくして起こった事件だったのだ。
そこで修正案として考えたのが、この「スカートめくり係」の新たな創設である。要は、めくる側に義務化したポジションを作ることによって、安定した循環を構築する。義務化することで、常に稼働状態を作り、システムが腐り落ちることを防ぐのだ。これで解決する。
めくり係の人事は、めくられ係の私と最も近くにいる人物、つまり私自身が適任である。私が私自身の裁量で、いつでもどこでも好きなタイミングで、自分のスカートをめくる。中のあれこれを見せるつける。これがあらましである。完璧だ。
………何か、とんでもなく可笑しなことを言った、決めた気がするが、まあ、気にしない。
「わかる、わかってる。昨日決めたというか、宣言されたものね。ホントにおかしい、本気で正気じゃなくて、無限にツッコミたいのは山々なんだけど、今言いたいのは、そこじゃないのよ。あなた―――」
林さんはじっくり溜めを作り、
「あなた、どうして今日も、はいてないの?!」
今日のお召し物も、毒毒ピンクです。日差しを受けて明るく、風が通って涼しかった。
一応、彼女の問いにも答えておく。
「忘れた」
「忘れた………って、忘れるものなの?!」
「朝、家を出る直前に脱いで、畳んで、タンスにしまって、それで忘れました」
「どう考えても、ワザとじゃない!」
「あと、これかも時々、折をみて忘れます」
「それって、予定というか、宣言?!」
打てば響くようなツッコミが返ってきた。さすがは林さんである。もしも委員長だったら、真面目過ぎる彼女は私の奇行を糺す事を優先するだろうから、こうはいかなかっただろう。満足してスカートを下ろした。
「あのねぇ………私でも一応、凹んだのよ。言い過ぎたんじゃないかって。私が追い込んじゃって、あんなことになったんじゃないかってね。一晩考えて、考えて、覚悟して、良し、今日は謝ろうと思ってたら―――」
「台無し?」
「そう、台無しよっ!まさか、スカートめくり係なんて、本気と思わなかったわ!悩んですっごく損した気分よ。台無しだわっ!」
「ふふふ」
昨日の彼女の私への評価は、手厳しくはあっても、間違っていない。余計なバイアスを一顧だにせず、彼女はクラスを混乱させていた魔女を的確に見抜いて、吊し上げたのだ。偶然とはいえ、私の正体が便器であると言い当てた嗅覚の鋭さは白眉である。
本人にとっては甚だ迷惑であろうが、一輪車で流氷の上を渡るような私の外付けジャイロに適任だ。要するに異邦人である私へのまともなツッコミ役である。一応、こんな私でも、マイコプラズマ程度には傷ついたので、このぐらいは勘弁願いたい。
「ああ、もう、わかったわ。あんたは、そんな感じなのね。はいはい、今度は私からめくってあげる」
林さんはそう言って、私のスカートをぴらぴらした。
私を異物だと認識した上で、避けるのではなく、順応してくる彼女に訊いてみる。
「どう?」
「どうと言われても、どうってことないわね」
中を一度ガン見してから、溜息を吐き出した。
「同じ女子だし、自分のをマジマジと鑑賞したことないけど、結局、構造は同じでしょ。感動はないわね。あらためて、自分がノンケだとわかったぐらい」
「そっか」
私の奇行に最初は驚きこそすれ、見慣れたら、同性相手だとこんなものなのかもしれない。では、異性だとどうかな、と、教室を見回すと、
「いた」
ちょうどいい相手がいた。名前は、えと………何とか沢君を発見する。彼は昨日の放課後、部活があって教室にいなかった。また聞きで知っているかもしれないが、反応をみるのに適した相手であるのは間違いない。
窓際の席に座る何とか沢君の所へ向かう。何故か、後ろから林さんもついて来た。気にせずに彼の正面に立ち塞がる。そして、
「おはよー」
と、私は自分のスカートをめくった。
「………」じっと見つめてる。
「………」じっと見られてる。
展開は前回の焼き直しである。違うのは、今回は自分でめくったのと、はいてないことであるが、秘部の毛穴の数でも数えてるんじゃないかってぐらいに、ただただ観察しているのも、前回と同じである。
昨日の田中君もそうだったけど、反応が薄い。やはり健全な若い男子にとって、経験過多な非処女のコレは、魅力ないのか。仕方ない。
「いやいや、ドン引きしてるだけでしょ」
林さんのツッコミはさておいて、一度スカートを下ろす。くるりとY軸回転して、彼に背を向けた。
無論、諦めたわけではない。自分が何と戦っているのか、もはや訳がわからないが、こうなればトコトンである。私は背を向けたまま、後ろ側からスカートを腰の高さ以上めくる。同時に上体を屈伸。つまりは生のお尻を何とか沢君に突き出した。これでどうだ。
「あ、あんたって子は………」
傍目から見て、きっと凄い姿であろう。彼からは前も後ろもバッチリであるはず。このポーズのメインは、おそらくはまだ処女である後ろの方を見てもらうためだった。まるで痴女だが、今更である。何しろ、半分はあの女の血が流れているので、素質は否めなかった。
そのまましばらく待つ。視線を感じる。やがて、
「………悪くない」
と、彼から、そんな感想が漏れた。やっぱり、
「オシリスキー?」
「違うわっ!」
「ヒャい?!」
生尻をペチンとはたかれた。全然痛くはなかったが、不意打ちの反動で、私のポーズが通常立ち絵に戻る。
「今のはちょっとライン越えてない? お触り厳禁よ」
林さんが苦言を呈する。
いつから、そんなルールが?
「いつから、そんなルールが?」
私のモノローグと彼の言が被った。
「悪くないって、なに? その微妙な評価は。この子のア◯ルに不満でもあるの?」
段々と遠慮なくなっている林さんが訊く。
「いや、そうじゃない。やってることはおかしい、本当に頭おかしいから、良いとは断言できないけど、まあ、いいかな?って、感じだ」
今日の彼はやや饒舌だった。
「中身がない空っぽの箱が、結局、中身が無いまま底が抜けて、風通しが良くなった。これはこれで、一つのカタチになって、良し、みたいな?」
「何それ? わかるような、わからないような」
「俺だって、今即興で感じたこと言ったまでだから、はっきりわかってないよ。ただ、まあ、元気そうだから、前よりずっといい」
「ふーん。で、あんたは何なの? あの子の何?」
「俺は―――」
お二人が何やら話しているが、私はペチンとやられたお尻の感触を確かめてながら、全く別のことを考えていた。二人の会話に割り込む。
「あの………」
「どうした?」
「どうしたの?」
おずおずと再びスカートをめくりあげて、お尻を出してお願いする。
「もいっかい」
二人はドン引いた。
「叩くじゃなくてもいいよ。つねるでも、揉むでもいいから、もいっかい、お願い」
彼は複雑な表情を浮かべていたが、結局、
「ひんっ!」
もう一度、私のお尻をペチンと叩いてくれた。
「うわー、何よ、その、にへらーっとした顔は。露出狂に加えて、ドMなの? 今さら驚かないけどさ」
「そういうわけじゃないけど………たぶん」
自身はないが、一応、否定はしておく。
彼女は知るまい。
男性に触れられた。にも関わらず、何もなかった。
頭痛は無いし、吐き気もない。不正脈も過呼吸も無い。場合によっては、吐瀉物をぶち撒けてもおかしくないところ、何もなかった。私にとってそれは、とても意味がある、意義がある変化だった。
「あ、そうだ。朝倉」
去り際、彼が呼び止めた。
「もしかしてと思うが、俺の名前、忘れてないか?」
「な、何のことかな?」
ほぼほぼ肯定な私の言葉に、大きく溜息する。
「韮沢だ。韮沢涼真。幼馴染の名前、忘れんなよ」
「了解です。ニラサワ君」
そうか。幼馴染だったのか。昔の記憶、割とゴッソリ逝っていたし、仕方ないか。もう忘れないけど。
「おはよう」
あ、委員長がきた。彼女にも挨拶を。
「佐藤さん、おはよー」
「ひっ」




