第七章:『デジタル難民の救済、あるいは五・七・五でバズる大都会』
2026年12月(転移から約半年後) 東京・霞が関
ペリー提督率いるアメリカ東インド艦隊が、お土産のフリクションペンやA4コピー用紙を船倉に満載して横須賀を出港してから、およそ半年の月日が流れていた。
1853年の荒れ狂う大海原を、蒸気と帆だけで進む黒船艦隊にとって、アメリカ本国への帰路は半年以上に及ぶ過酷な航海となる。彼らが大西洋を渡り、ワシントンのホワイトハウスに辿り着いてフィルモア大統領を脂汗まみれのパニックに陥らせるには、まだもう少しの時間が必要だった。
そして、ペリーが波に揺られて帰国を目指しているこの半年間、現代日本は別の深刻な内憂と戦っていた。
原発の再稼働と、長崎経由でのオランダからの初期原油補給の目処が立ったことで、国内の物理的な生活インフラ(電気・水道・交通)は100%維持されていた。2026年の日本は、これまでと変わらないまま明るく機能している。
しかし、一億二千万人の国民の精神は、限界を迎えていた。
国内のインターネット回線やデータセンターは無事であり、国内向けのWebサイトや動画サービスは最初から何の問題もなく繋がっていたものの、GoogleやX(旧Twitter)、Instagramといった海外にサーバーがある主要なサービスが遮断された状態が、半年も続いていたからだ。
国内のインターネット回線やデータセンターは無事であり、国内向けのWebサイトや動画サービスは最初から何の問題もなく繋がっていたものの、GoogleやX(旧Twitter)、Instagramといった海外にサーバーがある主要なサービスが遮断された状態が、半年も続いていたからだ。
「総理、もう限界です。若者たちの間で『ネットがないなら、いっそ未開の中国大陸へ冒険に出る』という、現実逃避の不法出国を企てるサークルまで現れ始めました。これ以上、彼らから主要なデジタル娯楽を奪い続けるのは治安維持に関わります」
IT担当大臣の報告に、柳田晴臣総理大臣(63)は頭を抱えた。「海外のサーバーが1853年の虚無に消えた以上、かつての海外SNSは繋がらん。どうしろと言うんだ」「
ですから、作りました。ペリーが海の上をのろのろと帰国しているこの半年間、我が国の通信大手の総力と国家予算を投じて」
IT担当大臣が不敵な笑みを浮かべ、1台のスマートフォンをデスクに置いた。「海外に繋がらないなら、日本国内だけで完結する、地球上で最も贅沢な超巨大ローカルネットワークを構築すればいい。――その名も、『インナーネット(Inner-net)』です」
2026年12月中旬 渋谷駅スクランブル交差点(インナーネット開通日)
「キタキタキタキタ!! 繋がったァァァ!!」
渋谷の街頭で、大学二年生のレン(20)が叫んだ。彼のiPhoneの画面右上、半年の間ずっと「接続エラー」を繰り返していた場所に、太々と【Inner】の5文字が点灯していた。
この半年間、国内サーバーで稼働する掲示板に甘んじていた若者たちが、一斉にスマホの画面に飛びついた。
しかし、復活したそのサイバー空間は、かつてのインターネットとは全く異なる、「ガラパゴス進化」を遂げていた。外の世界から完全に遮断された、純度100%の「日本限定空間」だからである。
新・国民的SNS:『天下御免』文字ベースのSNS。なぜか、投稿を「五・七・五(川柳フォーマット)」にすると、システム上のアルゴリズムで表示回数が優遇されるという謎の仕様。
たちまちタイムラインには、現代技術を持ったまま1853年に放り込まれた若者たちの「デジタル令和川柳」が溢れかえった。
『【悲報】 朝起きたら オカンに弁当 忘れられ #マジぴえん』
『ペリーから 貰ったチョコが 激甘で 胃が死ぬる』
動画配信プラットフォーム:『大江戸動画』
海外の動画共有サイトの代わりに急速に台頭した動画サイト。海外のアニメや映画が見られないため、国内の有名クリエイターたちが一斉にタイムスリップ環境を活かしたオリジナルコンテンツを投稿し始めた。
『【検証】2026年の最新ドローンで、まだ誰もいない無人の太平洋を一周してみた』
『大磯ロングビーチのウォータースライダーを無駄に流暢な英語で実況して、帰国途中のペリー提督に捧げてみた動画』(※実際には届かないが、ネタとして楽しんでみる)
数百万、数千万再生のヒット動画が、全て国内の超高速ローカル回線だけでサクサクと消費されていく。
仮想空間メタバース:『NEO-JAPAN』海外旅行に行けなくなった国民のため、仮想空間内に「かつてのニューヨーク」や「ロンドン」の街並みを完璧に再現。若者たちは自宅にいながらVRゴーグルを被り、「あ〜、昔の世界ってこんな感じだったんだね」「21世紀懐かしいわ」と、1853年の日本にいながら170年後の世界を懐かしむという、奇妙なタイムパラドックス的エンタメに耽っていた。
渋谷のカフェで、レンとタクミ(20)は、サクサク動く『インナーネット』の画面を眺めていた。
「見ろよレン、俺らが夏に掲示板に立てた大磯ロングビーチのスレッド、大江戸動画でアーカイブ化されて100万再生超えてるぞ」
「マジじゃん。これで暇つぶしには困らねえな」
レンは、自販機で買ったキンキンに冷えたコーラを飲みながら、満足そうに微笑んだ。
ちょうど今頃、地球の裏側ではアメリカ政府が冷徹な判断のもと、泥まみれで油田を開拓し始めている頃だろう。
世界から孤立し、173年前の過去に放り出された現代日本。しかし彼らは、有り余る電力と、やがてアメリカから供給される原油、そして独自の進化を遂げたハイテク・ローカルネットワーク『インナーネット』を手に入れ、世界のどこよりも贅沢で、安全な未来帝国の基礎を固め、静かに君臨し続けるのだった。
海外の様子が、遮断されているので一般人はあまり実感が無いようです。




