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第五章:『エドッターの波に乗って、楽園へ行こう』

1853年7月中旬(新暦) 渋谷駅スクランブル交差点


横須賀での初日の会談から、およそ1週間。日本政府はペリー一行に対し、日本の圧倒的な技術と文化を理解してもらうため、「国内視察」をしてもらった。


海上自衛隊横須賀基地を案内して巨大な鉄の護衛艦の威容を見せ、市街地で海軍カレーを食べてもらい、横浜観光では中華街でチャーハンと餃子を振る舞う。仕上げに東京の国会議事堂を見学し、国立国会図書館の本館では、特別に許可された一般人立入禁止の地下書庫へ案内。ボタンを押すだけで稼働する移動式書架と、そこに並ぶ4700万点に及ぶさまざまな書籍の山に、ペリーは冷や汗を流して立ち尽くした。


その頃、日本の若者たちの聖地・渋谷は、真夏の太陽の下で独自の活気に満ち溢れていた。海外の有名SNSはサーバー遮断により全滅していたが、国内のデータセンターや通信回線は最初から完全に生きていたため、若者たちは国内サーバーで稼働する掲示板や、急速に整備されつつあった国内限定のネットワークサービスへと一斉に避難し、ネット上で連日大騒ぎを続けていた。


ちょうど7月上旬を迎え、神奈川の湘南海岸にある『大磯ロングビーチ』が例年通りプール開きしたというニュースが、動画や口コミとなって国内のネット空間を駆け巡っていた。

大学2年生のレン(20)とタクミ(20)は、冷房の効いた渋谷のカフェでスマホを叩き、国内限定の掲示板にスレッドを立てて投稿した。


【タイトル】:『【朗報】世界は1853年たけど、大磯ロングビーチ、例年通り営業開始! 流れるプール最高!早く行きてぇ』


この書き込みは、暇を持て余していた国内のネットユーザーたちの視線を釘付けにした。サーバーが生きていたからこそ、この投稿は瞬く間に数万件の「リプライ」や「まとめサイトへの転載」という形で爆速で拡散され、トレンドの最上位へと駆け上がっていった。


同日 横須賀・外務省出張班


このネット上の大きな波は、ペリー一行の次なる休養先を検討していた経産省の神崎怜奈のスマートフォンへと着弾した。


「……これだわ。ちょうど、プール開きしたばかりじゃない」神崎の目が鋭く光った。手元の画面には、レンたちが立てたスレッドが映し出されている。


「神崎さん、それは渋谷の若者がネットで騒いでいるただの書き込みですよ?」外務省のチーフ交渉官が怪訝な顔をする。


「違います、こちらは最高の外交兵器です。アメリカの黒船は石炭と蒸気で動く。なら、彼らはこの真夏の猛暑の中、常に煤煙と暑さに晒されているはずです。そんなペリー提督たちを、現代のまま営業している大磯ロングビーチを『プールを一日だけ完全貸切』にして招待するんです。プールの水を回す電気も、アイスを冷やす電気も原発のおかげで余裕があります。これで見せつけるのよ、我が国の『圧倒的な余剰電力』と『生活・娯楽の質』を!」


神崎はスマホの画面を指し示した。「大砲を見せるより、リゾートを見せた方がアメリカ人には効果的です。ペリーを文明のパートナーにするため、大急ぎで大磯ロングビーチの特別貸切の手配を!」


こうして、渋谷の若者のユルいネットの連動から始まった書き込みは、1853年の地球を揺るがす、真夏の「おもてなしという名の文明の試み」へと繋がっていくのだった。

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